品質管理もAIに比例して大きく変化する【特別対談】翻訳業界と品質管理⑦
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人工知能と品質管理
川村 ところで翻訳業界は機械翻訳がどんどん活用され始めています。機械翻訳に全く無関心な会社は、これから生き延びていけない時代になっている気がしています。世の中ではAIの活用が叫ばれていますが、AI時代の品質管理は特別といいますか、大きく変化をもたらすということはありそうでしょうか
吉澤 あると思います。ものすごく大きい変化だと思います。品質管理もそれに比例して大きく変化をしていく必要があると思います。新しい技術は新しい問題を生み出します。問題があるとこには改善がありますし、管理も必要と思います。
私が品質管理を勉強したのは、ものが支配する世界でありました。通常ものの世界は因果の関係が成立する世界です。原因があって結果があるという世界ですから、改善は、原因を追求しそれに対策するというアプローチをとりました。
川村 因果の関係ですか。
吉澤 原因は分からないけど、結果は計測すれば、結果から原因を考えて対策を考えるということになります。今のAIというのは、そういう因果の領域の話も在るようですが、因果に支配されない、パターンの認識、分類、判断、診断などに係る技術領域に突入しています。
AI翻訳も、日本語の表現パターンを認識し、他の言語のパターンを引き当て、適切な用語を選択し、変換するという情報システムの創造が基本的なテーマとみています。
パターンは一種の形相により作られる特殊な模様ですから、その多くは結果系のデータ、あるいは原因系のデータばっかりになるんですよ。そのような多量のデータを価値あるものに変換するという情報処理システムの品質管理と考えています。
川村 なるほど。
吉澤 結果のパターンを覚えて、パターンからパターンに変換する、あるいは、あるパターンのとき不良や良品などと判断をする領域です。パターンは形相ですから、形相を作る要素と要素のつながり具合となります。
我々の頭の中での処理は、パターン認識をしているようなので、それぞれの要素の関係性の科学が必要となってきています。科学より工学的なアプローチが先にいっているように思います。
川村 そうですか。
吉澤 ですからAIの中心は、データ処理でいえば多くの計測データを扱う領域になってきています。そのようなデータの中から特徴を発見し、どの特徴を利用していこうとするのかが主体でありますから、数学的には少し複雑なものになっていきます。
この辺は、むしろソフトウエアが進化し、我々のようなものも、利用できるようになってきています。ディーブラーニングにしても、有効な方法がネットからダウンロードできる時代になっています。
重要なことは、何を行いたいかという目的があいまいなままででは、何の役にたちません。これはものづくりでも同じでした。AIも手段とみれば、良いのですから、今までできなかったような、人間ドックのデータから病気の診断とか、不動産の鑑定のようなことも可能になっていきます。
すでに、実用化されています。しかし、AIで作った処理システムでも最終的には、人の判断で決めた評価がなければ実用にはなりません。システムの評価の基準は最終的には人がやらねばならないと考えます。
翻訳も多量のコーパスからAIを使ってコンピュータ内に翻訳処理ネットワークを徐々に確立していくディープラーニングの技術が盛んに研究されています。でも、単純には行かないと考えています。
翻訳の品質問題について考えると、EAST (KI の品質管理システムの略称) で示したような脱字、誤訳などの品質問題は早く解決すると考えられます。
しかし、先ほど話していたようにお客さんごとに、非常に優しく翻訳してくれとかですね、固い文語調でやってくれとか、そういうものはお客さんによって千差万別ですよね。それに対応したシステムを作らなければなりません。それぞれに対して誤訳や意訳がないかなどの正解となる基準を与えなければ、AIでも翻訳システムが完成しないと考えています。
それには、それぞれに対して専門家の知識が必要と考えています。その上での評価をどのように行うかは、翻訳システムの機能評価問題ですので、品質工学はそれに対して幾つかの答を用意していますが、今後の課題となっています。
しかし、歴史的にみれば、古くは人間がモノを刀で切ったり、小刀で削ったりして作ったものが、徐々に工作機械に置き換わっていきました。これと同じように、AIと一括りにする情報処理システムの技術が開発されていくにつれて、人間の考える事、パターンを認識すること、判断をすること、予測をすることなどが機械に置き換わっていく時代になっていくと思うんです。製造業が歩いて来たようなことが、翻訳業やサービス業でもこれから起きてくるんだと。
思考を伴う作業が単純なものから、コンピュータの中に移植するような形になるようでしょうから、じゃあ残った人間の仕事は何なのかが、非常に重要になってくるのかと思うんです。
パターンをいくつ見つけて、新しいお客さんがきたらまたそれに合わせるような訓練を始めなきゃいけないっていうようなことになってくるのが品質管理の大きな重要な課題になってくるんじゃないかと思いますけどね。AIも誤りを犯すと思うのです。
川村 AIもまだ発展途上ですしね。
吉澤 そうです。文の生成をどうするかを考えたときに、単語を単純に置き換えてだけでは文になりません。前後の流れや文脈を考えて文章を決めていると思います。
ですから単語という要素に還元しても文章はできないのです。単語の前後関係から最適な用語を選択するという、文としてのシステム構造を理解した上でないと翻訳や文の生成はできないと考えます。
ベテランの翻訳者はこれを難なくこなしています。これをAIの中に入れなければなりませんが、そのメカニズムは明らかにできていないと考えています。また、メカニズムがあるかどうかも不明と考えてもよいのではないしょうか。自分の頭の中の処理システムが明らかであれば、ベテランと同じレベルの翻訳システムができていると思いますが。
しかし、AIの技術も秒針分歩で進化しています。一つできてしまえば、今度は大量生産が可能となるわけですから、逆に言うと非常に安いコストで翻訳ができる話になってくるので、市場が逆に言うとある一社に偏っていってくるんじゃないかと。
川村 それは、はい、偏って来ますね。とすると、そこはどこの業界でも一緒ですかね。
吉澤 機械設計だって自動設計になってくるかもしれないわけですから、良いものを設計する機構が、逆に言うと人工知能で処理されるようになってくるんじゃないかと。
しかし、先ほど言いましたように、作られたシステムの良否は最終的には人により判断されるわけですから、品質に対応した評価ができる企業が生き残っていくと考えます。
そうしますと品質管理は、源流段階で作られたシステムの評価と完成した後のシステムの運用でも管理は必要になっていくものと思います。校正などが重要な要素になると思っています。
定期的にAIの翻訳をチェックし、AIの中身をかえていくような改善問題は、人間の脳のモデルをコンピュータに移植できるとしても、人間の脳には誤りをするという特性がありますから、やはり管理は必要と考えています。
ただ、その誤りを超えたシステムができたときには、人間はただそのシステムの活用や、利用した価値創造を開発する仕事があると考えていく必要があると思います。何れにせよ道具と考えます。使いこなしの技術が必要になると思います。
川村 これからAIの時代になって、翻訳業界がどうやって生き延びていくのかは大きな問題だと思います。