品質工学は利益の管理ができる【特別対談】翻訳業界と品質管理⑧
<目次>
翻訳業界と品質工学
川村 先生はものづくりの場での品質管理にずっと関わられていらしたんですけれども、10年前に私どもの会社にいらしたとき、翻訳はマイクロビジネスだとおっしゃいました。そういう場所で品質管理を指導された時、最初はいかがでしたか。
吉澤 自分でもサービス業で品質管理が役立つのかは分かりませんでした。しかも、初めてのことでしたね。
川村 業界でも初めてだったかもしれません(笑)。
吉澤 でも、お聞きするとソフトウエア会社の翻訳のお仕事をされておられた、一種の量産方式に近い翻訳形態と気づきました。継続してサービスマニュアルをどんどん訳そうすると作る部品は異なるけど、同じような作業をしている変種多量生産方式という概念で翻訳されておられることに気づきました。
それなら、不良や誤記問題の検査などの工程があるあると気づきました。実際、それは、メーカーで行われているようなプロセスであり、品質問題が発生するとのことでした。そういう状況でお困りだったので、相談にのれるということになったと思います。
ものづくりでは、不良が発生するのは、より源流に原因があるという因果関係があることが多いので、翻訳プロセスを概念化すれば品質管理のシステムや工程設計の考え方は利用できると考えましたのであまり違和感はなかったです。
川村 そうですか。
吉澤 ですから特に、TAFT(KI の品質管理システムの総称。現在は“EAST”に改称。)を作った時などは、結果としての品質問題と、チェック作業のコストの関係で最適解を求めるようなことをお手伝いしましたね。品質工学の考えか方を適用しました
川村 はい。
吉澤 KIの経営理念の中に行動指針(VALUE)があって、その中に、「品質・コスト・納期」の最適なバランスって示されています。
品質工学はまさに、不良やクレームなどの品質問題を解決するのですけれど、品質問題ははじめに申し上げましたように、お客さんや自社の損失になることを考えれば、経済問題なんですよね。それから、検査作業も検査結果から校正をするのもすべてコストになります。余りにも悪い翻訳だと赤字になる。納期だって結局、時間×賃率ですからみんな経済(コスト)なんです。
最適なバランスをすることの難しさは、コスト、品質、納期が異なった尺度で測られているということなのです。すべてを経済、つまり損失として金額に置き換えるということで、バランスが計算できます。さらに、最小の損失になるように導きだせます。その一番の難しさというのは、品質の損失換算がなかなかできないことなんです。
品質工学は、そこをお金に変換するという経済性で測ることが根本思想となっています。品質による眼に見えない損失を金額で評価した上で、コストと納期と品質のトータルコストを最小にするようなことができれば、翻訳業でも良い管理ができるだろうと思います。
これは、利益の管理ができるということ意味しております。赤字で仕事をすることはできません。案件ごとにプロセスをもっておりますので、案件ごとで経営を回していくことが、マイクロビジネスと目に映りました。
そのような仕事をKIの皆様が行っている。全員がある意味で経営を行っていると理解しました。これは大企業では経験できないことであり、経営的センスが要求されると感じたわけです。特に、経営において一つの課題は、全体のコストをどう下げていくかということです。つまり改善が必要です。
川村 そうですね。
吉澤 最適な管理状態にしておいて、そのトータルコストをどうやって下げていくかを皆さんが意識されてやっていたら、これはどんどんどんどん組織としては強くなっていくと思うんです。そのように、学習のメカニズムをKIは取り入れて今日まできていますね。
川村 そうですね。逆に品質管理がきちっとできないと、いかに組織が弱くなるかというのは、クレームが次から次へと出てきた時期には強く感じました。
吉澤 特にマニュアルに近い分野では、今ではEASTで定常的に品質管理を行っているとのことですが、その結果として、高い品質の翻訳がなされている。今後は、より上流での品質工学の考え方が適用できると思っています。
さらに上流である、AIを通じた翻訳のアルゴリズムの設計とか、営業とかマーケティングの視点でみると、いろいろ翻訳の中でもタイプがあるじゃないですか。
川村 そうですね。
吉澤 そうすると、そうしたところでは、案件ごとに要求される表現を変えていかなきゃいけない品種問題があるように思います。
川村 それはもう基準はお客様ごとによって違うので。
吉澤 品質工学で考えると、製品やサービスには商品品質(品種)があり、機能とデザインという二つの特性に分けて考えようとします。機能の方のばらつきは、最終的には誤訳や誤字、脱字など品質問題となりますが、デザインの良否については研究があまり進んでいません。
翻訳の場合は、最終的なWEBなど様式で収めるときには、そのデザインが重要となります。色使い、配置などの最適化が要求されます。さらに、付け加えれば、表現の様式などが翻訳には付随します。今後、研究する価値があります。
例えば、「非常に分かりやすく」訳す、とか「面白く」訳してほしいみたいなことをお客様が期待したときに、都度意識して翻訳するんだろうけれど「わかりやすく」、「面白く」は多分お客様により揺れる、ばらつくんじゃないかと思うんですよね。
これもばらつきの管理となりますが、ばらつきが変更できないときには、ばらつきに対応させるマッチング設計が必要と考えています。100%マッチングは不可能ですから、パターン化し、自動翻訳した後、校正をかける。これも経済性で判断していく必要があると考えています。
この様式のパターン化は、AIの評価関数を作ることと同じになりますので、今後の活動が期待されるわけです。
川村 それは難しいですね。
吉澤 そうだと思います。だから、そういうものの評価基準をどうするかということが、非常に重要なんです。この点は、AIでも困難を伴うと考えています。その評価尺度の研究は今後の課題ですよね。そういうものが明らかになってくると、各お客様に対して品質の尺度が明確となり事前にチェックができるようになります。
川村 どんなに楽になるか。
吉澤 そういうところは、これから大きな研究対象になってくるんじゃないかと思っています。品質工学もこのような領域での研究を進める必要があると考えています。
川村 本日は、いろいろなお話を伺って、私も勉強させいただきました。ありがとうございました。