これからの特許翻訳⑧特許翻訳とポストエディット
近年、翻訳業界全体では機械翻訳の技術が大きく向上するなど、状況は変化しつつあります。今回は、産業翻訳の中でも特殊といえる特許翻訳とは、特許翻訳の今後について、プロフェッショナル2名をお招きし、機械翻訳の影響、またコロナ禍の現状など、お話を伺いました。
目次
知財業界、特許翻訳の特色
特許翻訳の現状 コロナ禍の影響
特許翻訳の現状 関東と関西の違い
特許翻訳と翻訳支援ツール(CATツール)
翻訳支援ツール(CATツール)と翻訳メモリの活用
特許翻訳と機械翻訳
特許翻訳とみんなの自動翻訳@KI(商用版)
特許翻訳とポストエディット
ツールとコトバの根本的な問題
人の翻訳の必要性と機械翻訳との共存
特許翻訳とポストエディット
葉山:
機械翻訳がそのままでは使えないとお感じのお客様も多いです。そういうお客様からは、ポストエディットの単価についてのご質問が増えてきました。
糸目:
最近すごくお問い合わせが増えました。
葉山:
ポストエディットはいくらですかという質問をいただきますが、弊社のスタンスとしては、ポストエディットが「価格のみ安く人手の翻訳と同じ品質」といったご案内の仕方はしていません。
ただし、お客さんはやはりそれを期待されています。コストカットを望まれるお客様に対してまず伺うのは、「翻訳メモリは蓄積されていますか」ということです。 (編集者注:川村インターナショナルは特許の人手の翻訳を納品する際、訳文の明細書ファイルだけではなく、翻訳メモリも併せて納品しています。)
ポストエディットで価格を抑えるというよりも、人手の翻訳の翻訳メモリをためて品質を安定しつつ、コストカットを実現できますので、それをまずお勧めしています。
それでもやはり単刀直入に、ポストエディットで単価だけを落としてほしい、というご要望もあります。
糸目:
ポストエディットに関しては、私は賛成派でも否定派でもありません。ただ、ポストエディットのサービスを利用される方にも、「翻訳とはどういう作業なのか」というところを正確に理解していただく必要があります。
人手の翻訳であってもポストエディットであっても、作業を行う人はまず原文を読み込んで、原稿に書かれている内容を正しく解釈します。ここが一番労力を必要とするところです。その作業を終えてから、日英翻訳の場合は英語で書き直す、そこで初めて翻訳が始まるわけです。
ポストエディットの場合は、機械翻訳がすでにあるので、その結果を読んで原文と合っているかを見ていきます。実際にはポストエディットで翻訳者の労力を軽減できるのは英語をタイピングするところだけです。でもそこは大した労力ではなくてやはり原文を読み込むというところに非常に労力がかかります。
ポストエディットの場合は機械翻訳文も読み込むわけですから、実際に作業する人の労力は変わらない、とも言えます。もう機械翻訳結果があるから見るだけでしょと思われると、それはちょっと違いますよと言いたいところですね。
もちろん、一から訳文を練り上げる手間が削減できる可能性がありますが、むしろ機械で処理された訳文を見て、原文と乖離してないかを確認する作業は翻訳よりも大変なときがあります。翻訳者の代表として言わせていただくと、それを前提とした上で値段設定もされるべきと感じています。
片岡:
ポストエディットをきちんとやったのはせいぜい1件ぐらいですが、翻訳の質に関しては非常にばらつきを感じました。翻訳が正確にできているところとできていないところの落差が非常に大きい。
例えば、人間の翻訳をチェックする場合、ある程度の品質は予測できますよね。一人の翻訳者が完成した仕事って、そこまで質が大きくブレることはないですよね。
でも機械の場合はどういう解釈で翻訳をしたのかは一切の闇の中なので、根拠が全く分かりません。結局、いちいち検証することを考えたら、自分で翻訳するよりも大変だった、というのが印象です。
糸目:
付け加えると、ポストエディットと言われて引き受けた案件で、使われた機械翻訳エンジンの出力があまりよくなく、機械翻訳が明らかに間違った結果を出していたことが結構あったんです。
ですから、ポストエディットで労力を削減するのであれば、どの機械翻訳エンジンを使用するのかが非常に重要になると思います。例えば、Googleよりも 「みんなの自動翻訳」を使ってください、のようなことです。
葉山:
Googleもすごく性能がいいエンジンですが、特許明細書の日英・英日ペアの翻訳であればやはり「みんなの自動翻訳」の方が圧倒的に良いかな、と思います。
ポストエディットについては、翻訳会社の案内の仕方が結構重要になると思いますね。実際に翻訳をした方やそのツールを使った方じゃないと分からないポイントは、なかなか理解してもらえないと感じます。
ツールも便利なツールがありますが、結局はツールを採用しても上手に運用するのは人間の役割なので、導入さえすれば解決するみたいに思っている方も結構いるように感じます。
糸目:
はい。感じますね。
葉山:
新しく何かを導入して運用するためには、従来のフローを変える必要があったりします。そのあたりがまだ二の足を踏まれているというか、特許翻訳市場でツールが浸透しきっていない要因の一つなのかなって思います。
片岡:
どうしても、「日本語を英語に、英語を日本語にする、それだけでしょ」と思われている。そこに尽きると思います。翻訳の仕事内容は、ある言語を別の言語にする、と一言で説明できてしまう仕事です。それを機械で自動化するとなると「じゃあもう機械だけで完結できるよね」と単純に結論付けられてしまったりする。
機械翻訳エンジンを開発している方は、こうした部分をどう説明するか、ご苦労されていると思います。それがある言語から別の言語へ変換することの難しさだと思います。
糸目:
いずれは技術が追いついてくるとはいえ、日本語と英語という言語ペア特有の問題もあります。例えば、特許事務所に勤務していた頃、中国語の文献を見ることが結構ありましたが、中国の文献は、日本語に訳すよりも英語に訳した方が読みやすい、という特色があったりとかします。
<⑨に続く>