【特別鼎談企画】これからの翻訳業界(10の質問)⑧
目次
「2020年の東京オリンピックに向けて」
「翻訳・ローカリゼーションの市場は、成長産業か」
「機械翻訳の成長率」
「今後若い世代の翻訳者の参入は」
「翻訳作業時間の減少」
「今後の人材確保」
「働き方改革」
「これからの翻訳業界」
これからの翻訳業界
⑩ これからの翻訳業界、あるいは自社の取り組みについて展望をお聞かせください。
(森口) では、最後です。今後についてということで、これは簡単で結構ですが、どうでしょうか。
(新比惠) いま、ロボットやIoT、ビッグデータ、人工知能など第4次産業革命といわれていますが、私の関連でいうと、医療の現場でもITを入れた遠隔診療、オンライン診療、ロボットで手術、また、製薬企業もIT会社との共同研究開発など、とにかく世の中の政治経済、技術が全部変わっているので、翻訳会社も変わらないといけない、変わらざるを得ないというふうに感じています。
ただ、やはり、翻訳業界がAIを活用する問題では、まず、クライアントの情報を守らなければいけない立場として、情報セキュリティの問題があります。さらに、専門性でもクライアント毎に非常に細かい要求がありますし、それらを踏まえた上で大量のコーパスをどういうふうに活用するかなど、いろいろと考えると、すぐに機械翻訳に移行することはできないけれども、何らかの方向性は見つけていかなければいけないなとは思っています。
あと、私は前から興味があったのですが、AIはいま翻訳を勉強しているけれども、そのAIが医薬・薬学を勉強したら私たちはやることがなくなるんじゃないのかなと、いまのAIは医薬・薬学は知らないけれども、医薬・薬学を勉強したら、医薬翻訳は機械のほうがうまくできるかもしれないなと、そういうことは考えます。しかし、それでもたぶん人間にしかできない部分があるでしょうから、それを翻訳者と翻訳会社が担っていくことになります。
先ほども話が出ていましたが、翻訳者はやはり語学力と専門知識の両方をもたないといけない。機械はその両方の専門性はもってないので、そういう機械にはできない方向性を翻訳者も目指していけばいいのかなということです。
弊社では、医薬翻訳セミナーを開催しています。セミナーでは時間的にも全てを網羅的に教えることはできませんが、業界内の優秀な翻訳者さんや優秀な講師が集まりますので、そこでいろいろな刺激を受け、何かを感じて、それをきっかけに、さらに良い方向に皆さんが向かっていただければ、というのが私たちがセミナーをやっている目的です。
仕事に関しては最初に出ていましたが、翻訳だけでは機械翻訳に負ける可能性が非常に高いので、ライティングや学術情報支援業務など、周辺の仕事も一緒に充実させていこうと思っています。
会社に関しては、私が前にいた製薬会社は1678年創業の日本で一番古い製薬会社で、、世界でも2番目に歴史がありました。1678年って江戸時代でフランス革命の111年前です。
(川村) 誰がつくったんですか。
(新比惠) 田邊屋五兵衞っていう人がつくった田辺製薬で、ドイツのEメルクが2年前の創業ですので、世界で2番目です。
私が入社したころは武田、塩野義、田辺が御三家といわれており、道修町の旦那さんの雰囲気のあたたかい会社で、いろいろ教えていただき、育てていただきました。いまのメンバーもほとんど田辺出身なのですが、弊社でもその文化をまだ受け継いでいて、やはりそういう企業風土はすごく大事だと思います。それが企業活動の原点になるし、競争力の源泉にもなります。いい職場で、いいメンバーが一緒に努力し合っていけばいい仕事ができるし、それがクライアントへの良いサービスにつながっていきます。会社としては、再雇用の方々にとっても最後の仕事になりますので、「いい人生だった」と言っていただけるような職場にしたいなと思っています。
(川村) 和気藹々としていますよね。
(新比惠) はい、しんどいけどやり甲斐はあると言われています。そういうところでいい仕事をして、業界に貢献していきたいと思っています。AIと若い人と高齢者と、みんなが協力し合って何かできれば、少しでもでも業界にいい貢献ができればいいかなと思っています。
(稲垣) 私たちの仕事は大きくは企業のグローバリゼーションを助ける仕事ですが、日本においては、まだまだ業界が提供しているサービス自体の認知度も低いですし、ニッチな業界と位置付けられていると思います。ですから、もっともっと業界の認知度を上げていきたいという思いがあります。もっと業界を成長、成熟させていくことに貢献していきたいです。
それから、日本企業を元気にする、グローバル競争に勝っていくためのお手伝いがしたいという思いもあります。そのために、もっとより多くの日本企業に翻訳・ローカリゼーション業界やわれわれが何をやっているか、いま何をどこまで依頼できるかということを知っていただきたいと思います。欧米に比べて、業界の認知度は圧倒的に低いと思います。お客様の中には翻訳・ローカリゼーションのサービス内容やメリットをまったくご存知のないお客様もまだまだいらっしゃいます。効率化、言語品質の向上、プロジェクト管理など、言語やグローバル化に関わるありとあらゆる作業をアウトソースできる、ある意味BPOをグローバルに提供する業界と認識していただけるところに持っていきたいです。
結果として売上を上げたいということもあるのですが(笑)。ただ、日本企業に頑張っていただきたい、それをお手伝いしたいという気持ちは純粋にとても強いです。
(川村) これから将来どういうふうになるか、この業界がどうなるかっていうことには常に関心があるのですが、やはり、市場が成長するという状態が永久に続くということは絶対にあり得ないので、どこかで停滞するか下がっていくかというのは、それはどの業種でもあると思います。
いま、うちの会社には、「テクノロジーを活用して新しい言語サービスを提供してお客様の企業活動に貢献する」という理念があるのですが、やはりこの企業理念をベースにして、ずっとこれからやっていけば、少なくともそんなに市場の流れから遅れることもないだろうし、いま、走っている路線でずっと続いていくと道は広がっていくでしょう。ですから、この企業理念をベースにしていけば、当分は大丈夫だろうなというふうに思っています。
翻訳業界のいちばんの問題点は、翻訳者として素人と玄人の境目がわからないということです。専門性が高いとこころはわかりますが、我々がいるITではわかりません。けっこう本を読んで、かじって、やってきて、試験を受けて、「本気なの?」みたいな人も出てきます。
ですから、翻訳というものが簡単ではないと、きちっとした職業であるということを認知させるようにするためには、会社が発展していかないと誰も認知してくれないと思います。そういう意味で、儲かる会社にしていきたい。その儲かる会社になぜしていきたいかというと、やはり翻訳業界という業界を世間一般に認めさせたいという気持ちがすごくあります。稲垣さんとちょっと似ているところがあると思います。そのために、頑張っていこうと思っています。
(稲垣) やっぱり、売り値が、医薬のほうはわかりませんが、下がってきているのがほんとに……。
(新比惠) 医薬翻訳でも、競合が激しく、下がってきていますね。
(稲垣) それが本当に悔しくないですか。付加価値をもうちょっとわかっていただきたいなと思います。
(川村) 私はあまり感じないです。いやいや、低いですけど、悔しいという気持ちはあんまりない。だって、需要と供給の関係だから、悔しいとか悔しくないとかっていう話じゃなくて、その売り値の中でいかに利益を出していくか、それがすごく難しいです。
(稲垣) 翻訳者の方にはたくさん稼いでいただきたいというのもありますしね。
(川村) そうじゃないと、よろよろの人ばかりになってしまいます。
(森口) 話している皆様がどう思われるかわかりませんが、私にとっても非常に興味深い話でした。どうもありがとうございました。