【特別鼎談企画】これからの翻訳業界(10の質問)⑦
目次
「2020年の東京オリンピックに向けて」
「翻訳・ローカリゼーションの市場は、成長産業か」
「機械翻訳の成長率」
「今後若い世代の翻訳者の参入は」
「翻訳作業時間の減少」
「今後の人材確保」
「働き方改革」
「これからの翻訳業界」
働き方改革
(森口) では、次の質問にいきましょう。
⑧ 今回は女性経営者の皆様にお集まりいただいています。AI活用や働き方改革が叫ばれる中で、なにか取り組みたいと思われていることはあるでしょうか。また、実際にすでに実施されている活動はありますでしょうか。
(森口) 特に「女性経営者」という箇所について強調する必要はないとも思いましたが、翻訳会社には女性経営者が多いですし、「Women in Localization」といった団体もあります。今回は女性経営者3名も集まっていただいているので、この業界をどう見ていて、何か取り組みたいと思われているものがあればお聞きしたいと思っています。
(稲垣) 会社としてはやはり女性が働きやすい職場ということですが、実は、人数を数えると半々だったりします。もう産休や育休は当たり前で、戻ってきてもそのまま仕事ができますし、時短で働けるようにもしています。最近は働き方改革の一環で、海外はけっこうホームオフィスということで家で働いている人はすごく多いのですが、日本でいうところのテレワークですね、それも活用しています。
ただ、テレワークにはいろいろな問題もあるので、そのへんをクリアにするために、一度試行しました。あらかじめ家で仕事をする日を決めて、上長の許可の下関係者に宣言し、家で仕事をするというのを3ヶ月試行してみて、アンケートをとって検討しました。いくつか問題が出たので、制度をちょっと微調整して、それで導入しました。
ただ、毎日ではありません。月に何回などいろいろなルールを決めて行っています。
(森口) フリーランスの方は当然在宅でやられているケースが多いのですが、従業員の方たちもそういう働き方ができるというのは、選択肢が増えていいですね。
(稲垣) そうですね。
(森口) 新比惠さんは、何かありますか。
(新比惠) 弊社もそうです。翻訳の仕事は在宅勤務に向いており、高齢者も若い子育て中の人もいますので、テレワークや在宅制度を導入していますが、すごくいいようです。通勤時間の2、3時間が浮きますので、それが自分の時間になり、すごく評判もいいですし、仕事も効率化しているようです。
(稲垣) テレワークの大きな問題は運動不足ですよ。
(新比惠) なるほどね。
(稲垣) やはり、通勤ってそれなりに歩いたりしているので。私も何日か在宅で仕事をしたのですが、まぁ、動かない。そのへんはちょっとネガティブポイントというか、弊害があるのかなと思っています。自分からエクササイズをやっている方はいいですが、通勤って実は大事だなと思いました。
(新比惠) うちでも月に何日という限度は設けています。
(川村) うちの会社は在宅勤務といっているのですが、もう実施してから何年たつんだろうか、もう7年ぐらい経ちますね。それで、自己管理のできる人です。在宅勤務を会社がしていいと言ってするということであって、したいからということでするということは許されていません。いろいろなことを考えます。
やはり自分の都合のいいようにみんなそれぞれが置かれた立場で考えていって、それでできる範囲でそれを許可したいけれども、例えば、うちに病人がいるから介護のためにしばらくテレワークにさせてくだいと言っても、それではテレワークにしたら介護はいつやるのってなりますよね。ちゃんと働かないとダメですよね。そういういろいろな細かい問題が必ず出てきますから、人事の規定がどんどん難しくなってくるというところはありますが、でも、もうテレワークは必須です。
それから、女性の時短もそうですし、育休もそうだし、そういういろいろなその人のライフイベントに合わせて会社ができる範囲のことをするのですが、稲垣さんのところはきちっと規則ができているんでしょうけれども、これから若い会社がテレワークを簡単に入れると、いろいろと問題が出てくるのではないかなという想像ができます。それでも、流れは変わらないと思います。
⑨ 現状のAI翻訳(ニューラル機械翻訳)は、精度は上がったとはいえ、まだまだプロの翻訳者による翻訳との間には品質や知識のギャップがあります。一方で、機械翻訳を下訳として活用して、作業効率を上げるという考え方を導入し始めた方々も増えていると思います。今後、翻訳業界がAIを活用するために、クリアしなければいけない課題にはどのようなものがあると思いますか。
(森口) 終わりのほうに近づいてきました。
何となくいままで話してきたことのまとめに近いかもしれませんが、AI。機械翻訳についてです。やはり人しかできない部分があったり、先ほど、高齢で、仕事を通じて社会性や専門性を身に付けた人のほうがいい翻訳者だというお話がありましたが、そういう意味でいうと、機械翻訳には経験や品質、知識というところのギャップまだあるようにも思えます。
一方で、それを下訳として使って自分の生産性を上げようという考え方を導入し始めた方が増えていると思います。それに関して、今後、翻訳業界でAIを活用した翻訳が広まるのでしょうけれども、活用するために何かクリアしなければならない課題はありませんか、ということです。
(川村) 翻訳業界というのは非常に仕事が細かいですね。1つ間違えばお客様から大クレームがくるような細かい作業の積み重ねでやってきていますから、1つのワークフローをつくり上げると、なかなかそこから出ていこうとしないのだと思います。細かいことの積み重ねだからよけいに変化を受け入れるのが遅くなるというか、いま、これでうまくいっているのになんでこんな苦労して新しいものを入れなくちゃいけないの、どうして今のシステムでもいいのにあのシステムを使わなくちゃいけないの、それを習っている間にもっと仕事ができるじゃない、というように技術の変化とそれを受け入れる意識の変化というものにギャップがあります。
うちの会社でも、「これをやろう」と言ってからやるまでに時間がかかります。変化を受け入れるのに時間がかかるのは、たぶん作業がすごく細かいからだと思います。
(森口)新比惠さんいかがですか。
(新比惠) 私もそれはすごく思います。変化に抵抗してやらないのではなくて、変化に柔軟に対応していきたいけれど、現状の細かいプロセスに新しいテクノロジーをどう入れるかというところが難しいです。現場に最新技術を導入するためのマネジメントがすごく難しくて、そこが今後のいちばんの課題かなと思っています。優秀なマネジメント人材がリードしていけば、うまく最新技術を入れられると思いますが、なかなか難しいですね。
(川村) やっぱり若い人のほうが速いですね。
(新比惠) そうですね。
(川村) 新しいツールを入れると、いちばん遅いのが私です。ついていけない
(新比惠) いまのプロセスにどう入れるかというのが難しいですよね。入れることには賛成なのですが。
(川村) そうですよね。入れることは簡単ですが。
(稲垣) 「細かいこと」っておっしゃっていましたが、日本人は特にですが、「完全性」を求めるところがあるので、細かくなってしまうのだと思います。そういう考え方から、これを使うと品質が悪くなるとか、時間がかかっちゃうんじゃないかとか、そういう抵抗が出てくると思うので、そうした抵抗感を払拭していくには地道な啓蒙や教育が必要なのだと思います。
この機械翻訳への流れは変えられないので、そういった地道な活動が必要で、過去にCATツールが最初に出てきたときに、業界内でとても強い抵抗があり、「私は使いません」という翻訳者がたくさん出てきたことを思い出します。
(川村) いまでもいない?
(稲垣) いますよ(笑)。ただ、分野にもよりますが、いまはもうほとんどCATツールが普通にプロセスに入ってきているというところがあるので・・・。MTもそうだと思います。いまはそういう抵抗があるけれども、やはり使わざるを得ない状況になってくるので、そこは人材の育成もそうですし、地道なトレーニング、啓蒙などの活動を続けることが重要です。
日本人はとても慎重で、最初に検証して、検証して、石橋をたたいて、たたいて渡ってやっと導入するという傾向があり、だから世界に遅れているというところもあります。
(川村) 私は橋をたたくの大嫌いなんです。でも、たたくのが好きな人がいます。たたいているのがすごく見えるから「うーん」と我慢していますが、でも、たたき過ぎるのはよくないですね。
(新比惠) 割れるまでたたく人いますからね。
(稲垣) それで時代に遅れていってしまうということもあると思います。
(新比惠) そう、だからもうそれは「えいやっ」って入れて、機械にできないことを早く身に付けていくほうが、翻訳会社も翻訳者も手っ取り早いと思います。機械にできないことが絶対にあるから、それを早く見つけて……。
(稲垣) だから悲観的に考えずに、前向きに取り組めばいいんじゃないかなと思います。
(新比恵) 絶対に人間にしかできないところがあるので、その技術を身につけると。
(森口) MTはいまの品質では当然人手の翻訳に追いつかないので、ポストエディットといって後で人が編集するという作業が増えてきています。そのときに1つ問題になるのは、ポストエディットというのは付加価値が低いのかと、つまり、いまの人手の翻訳と比べたときに、生産性が倍になったからといって半分にしてもいいのかというところが正直あるわけです。
それは別の技能のような気がします。納期が短くなって、半分ではなくて、少なくともコストが削減されているわけですよね。それでもっとボリュームを増やして対応ができるわけです。そういうソリューションのはずですが、そこに対してわりと従来的なアプローチというか、CATツールを入れたときみたいなアプローチを展開しようとすると、やはり抵抗があるのは当たり前だと思います。
いま、実際にアメリカの会社でそれを「やれ」って言われたときに、そういう抵抗はないのでしょうか。生産性はそんなに上がらないとか、意見が出たりしませんか。
(稲垣) 言語によってはそういう翻訳者やそういう抵抗にあっているところありますが、やはり言語によります。日本人は抵抗が大きい方ですね。こだわりも強いので。
(森口) 例えば機械翻訳の後にポストエディットして20、30%削減できたのであれば、その削減できたコストを全部クライアントがもっていくのではなくて、翻訳会社やそれを実際にやろうとしてくれた翻訳者さん、それを今後続けてくれるだろう人に還元するという発想があると嬉しいですよね。
機械翻訳、ポストエディットというのはコスト削減の手段かもしれないけれど、納期短縮や他ができないことにチャレンジしている価値創出のツールだとも思います。
つまり我々にとって利益創出、収益性が上がるだけでなく、作業をする方々にとっても収益性が上がり、生産性が上がることにつながるようにしたいですね。
(稲垣) そこにちょっと誤解があると思いますよね。翻訳者の側も安くたたかれてるんじゃないかと誤解されている方もいます。
(森口) 実際、我々の段階でたたかれているプロジェクトはあります(笑)。だから、それは私の口からはあんまり言えないんですが。
<⑧に続く>