【特別鼎談企画】これからの翻訳業界(10の質問)⑥
目次
「2020年の東京オリンピックに向けて」
「翻訳・ローカリゼーションの市場は、成長産業か」
「機械翻訳の成長率」
「今後若い世代の翻訳者の参入は」
「翻訳作業時間の減少」
「今後の人材確保」
「働き方改革」
「これからの翻訳業界」
今後の人材確保
⑦ 仮に日本国内における翻訳従事者が高齢化しており、若年層が減っているということであれば、この業界も高齢化社会を迎え、今後の人材確保が深刻な問題になる恐れがあります。こうした問題に対処するには、何かできることはあるのでしょうか。
(森口) いままでの話を聞いていると、何となくこれを質問としてみるのはちょっと違うのかなという感じはしてきましたが、日本の社会が高齢化していくと当然若年層が減ってくる時代になるわけですが、人材確保が深刻になる恐れがないかと、こうした問題に対して何ができることがありますかという質問を事前に準備させていただいたのですが、ひょっとしたらこれは間違った質問なのかもしれません。
質問自体を否定するご回答でもけっこうですがどうでしょうか。あまり長期的なビジョンでリソースのことを考えていないというのも正直あるような気がします。
(稲垣) 優秀な翻訳者は常に足りないです。うちもたくさんの方が翻訳者として応募してくださるのですが、優秀な方はほんとに少ないです。ですから、誰でもかれでも翻訳者と名乗れるのはまずいのではないかと思っています。話がはずれるかもしれませんが、もう少し何か資格化できるような認定があればいいのかなと思います。もちろんほんやく検定などはありますが、わりと簡単に翻訳者になろうとしている人がすごく多いのではないかと思います。よくこの翻訳で翻訳者として応募してきたなという人はたくさんいますよね。
(森口) はい、います(笑)。
(川村) 自分のことって自分ではわからないのねって、いつも思います。最近、私は見ていないのですが、いままでの経験では、ほんとによくやるよというような人が多いです。結局、翻訳という業界は非常にニッチで、ニッチではあるけれども、そこが実はだんだんいろいろなことで広がってきて、それで会社が大きくなってくれば若い人も入ってくると私は思っています。
なぜかというと、日本人というのは、できないくせに、ものすごく語学好きだからです。私の年代で憧れるのであればわかるけど、いまの若い人も憧れていますよね。英語が話せないと現実にビジネスで困るからというのはありますが、日本人って海外のことが好きです。
高齢化といっても若者もいるわけじゃないですか。だから私は悲観的には考えていませんが、その若者にアピールするために会社がどう変わっていけばいいのかと、そういうことを真剣に考えている翻訳会社ってそんなにたくさんはいないと思います。だから、そういう会社にするための努力をすればいいんだと思います。努力をしていなくて、市場がこうだから、だから大変といっても、何をやっても大変です。そういうふうに私は思っています。
(新比惠) 私は若年層が減っていっても今後の人材確保が深刻な問題になるとは思いません。さっきおっしゃっていたように、60過ぎの定年退職者を採用すればいいと思っています。今は、人生100年時代ですし。実は弊社は高齢者雇用で厚生労働省から表彰された会社です。今、日本人の平均寿命が84歳とすれば、健康に働ける年齢が60から74歳で、それをゴールデンエイジと言うようです。家庭内の負担も減って、元気で、そしていちばんストレスなく働ける世代です。その世代を活用するという考えを持っています。特に医薬翻訳は経験者がよいので、そういう人の力を使えばいいわけで、若い人がAIなどの新しい技術を教えて、高齢者が若い人に幅広い経験や専門性に基づくノウハウを教えて一緒に働いていただければ素晴らしいと思います。
それと、統計によると2030年には65歳以上の高齢者の割合が30%になるそうです。そうすると社会保障費について言えば、少ない労働人口が65歳以上を支えることになり、いまは2.4人の若い人が1人の高齢者を支えているのが、2030年には1.8人が1人を支えることになるそうです。ですから、国は65歳以上も現役で働けという方向を目指しつつあるようです。そうでないと社会保障が破綻してしまいます。
(川村) そのときにものすごくAIを使うようになっていたら、高齢者は……。
(新比惠) そこです。そこを考えたんです(笑)。
(稲垣) 逆に高齢者を活用できる業界だということだと思います。
(新比惠) そういうふうに考えればいいのだと思います。いままでの翻訳の仕事では、例えばPDFから文字を起こすという面倒臭い仕事もあったと思いますが、そういうのを全部機械やロボットでできるようになれば現役世代も楽になりますし、逆に、面倒な単純作業がなくなる分、知的作業に向いた高齢者は働きやすくなるのではないでしょうか。
想定しているのは、企業出身で専門性が高く、海外関係の実務経験も豊富で、英語も翻訳者と同等以上にできるぐらいの人たちのことです。
(森口) では、高齢者の中でもできる人はできると。
(新比惠) そうです。最近の医薬品業界は厳しく、世代の若返りといって、55歳ぐらいを過ぎた管理職経験者などは人員削減で辞めさせてしまいますので、60歳前後で優秀な人が溢れています。
(稲垣) 1人ぐらいうちに紹介してください(笑)。
(稲垣) そういう人たちは翻訳の仕事があるっていう発想にいきますか。
(新比惠) どうでしょうか。そういう仕事に興味のある人は、割合としては少ないでしょうね。
(稲垣) では、高齢になってもまだまだ現役の優秀な方々に翻訳の世界に入っていただくための、何か仕掛けがあるといいですね。
(新比惠) いいですね。
(川村) そうしたら、みんなわーっと翻訳会社がセミナーに出席して儲かるじゃないですか。
(森口) シニアのための翻訳者デビューコースということですか。
(全員) それそれ!
(新比惠) でも、誰もができるわけじゃなくて、ほかの企業に行くよりも翻訳をやりたい、あるいはそういう自信がある人っていうのは、たとえば100人に1人ぐらいしかいないでしょうから、そういう人を見つけてうまく使っていく必要があるっていうことですね。
(森口) シニア層はいまの若い人ほど比率的には英語が得意な方が多くないかもしれません。
(新比惠) そうかもしれませんね。でも、できる人はできます。氷山の一角の優秀な人を見つける必要があります。
(森口) 英語をいまさら教えるっていうのはないでということですね。
(新比惠) 英語も専門性もでしょうね。むしろ若い人に教えてくれるような即戦力の人たちをターゲットに考えています。ITリテラシーの高い若者と専門性の高いシニア層とを組み合わせる。
(稲垣) だからSME(Subject Matter Expertの略)レビューではありませんが、若い人たちが翻訳したものをそういう人たちが監修してくださるとか……。それはちょっと厳しいですか。
(新比惠) そうですね。若い人はどちらかというとITシステム関係のことをやりながら翻訳を勉強するとか、そういうことでもいいかもしれません。
(川村) いろいろなレベルがあるから……。
(新比惠) いろいろな人を組み合わせてやっていくと、逆に生産性が上がることもあります。同じことをみんなに要求してもたぶん無理ですから、それぞれの得意分野をうまく組み合わせるということだと思います。
<⑦に続く>