デキる翻訳者は、申し送りもデキる
翻訳者はどんなテキストでも100%完璧に別の言語に変換できる、と思われがちですが、実際はそんなことはありません。長くキャリアを重ねた翻訳者でも、原文の意図するところがわからなかったり、自分の解釈に不安を抱いたりすることは必ずあります。これは必ずしも、翻訳者の実力不足ということではなく、まだ世に出ていない製品に関する内容だったり、原文に間違いがあったりするなど、いわば不可抗力な理由に起因することも少なくありません。そんなときは調べものをするなどして、なんとか適切な訳文を作ろうとしますが、あの手この手を尽くしても訳文に不安が残るときは、最終手段として「申し送り」をします。
「申し送り」とは、不明な点や気になる点を、次の工程であるチェック担当者に伝えることですが、この「申し送り」、ただの連絡事項ではありません。実は、翻訳者を評価するうえでの、ひとつの指標にもなったりします。では、どのような申し送りが好まれるのか、ポイントを見ていきましょう。
わからないことは、素直に「わからない」と伝える
第一に、原文を読んで適切な訳がわからなかったときに、
① 「とりあえず訳してそのまま提出する」という翻訳者と、 ② 「とりあえず訳して、自分ではよく理解できなかった旨を納品時に連絡する」という翻訳者 |
では、言うまでもなく後者のほうが信頼できます。
わからないことは、正直に「わからない」と言ってもらえたほうが、チェック担当者もその箇所を重点的に見ることができるので、品質の低下を防ぐことができます。申し送りは少ないに越したことはないのですが、翻訳者がそれまで担当したことがない案件や、翻訳量が膨大な案件など、ある程度の申し送りが予想されるような場合に、申し送りが全くなかったり、極端に少なかったりすると、「こ、この翻訳者さん、大丈夫なのかしら……」と、不安になったりします(そして、これまでの経験上、この不安は的中することが多いです)。
内容は丁寧に
次に、申し送りの書き方です。翻訳者から上げられてきた申し送りは、その次の工程である、チェック作業の担当者が確認します。チェック作業とは、翻訳者が上げてきた訳文に間違いがないかを確認する作業で、この作業を行う人を「チェッカー」と呼びます。翻訳と違って、一から訳文を作る必要がないため、通常、チェック作業は翻訳よりも短い時間で行われます。
たとえば、原文に間違いがあると思われる場合、「AはBの間違いだと思います」だけでは親切とはいえません。チェッカーは、翻訳者の申し送りを鵜呑みにするわけではありません。翻訳者の考えで本当に間違いないか、確認する必要があります。そのため、「AはBの間違いだと思います」だけでは、翻訳者がその考えに至った根拠を、チェッカー自身が調べなければならなくなります。前述のとおり、チェック作業に費やせる時間は翻訳作業ほどないため、申し送りの確認に時間をかけられる余裕はないのです。なので、たとえば、「同じページの○行目に、XXと書かれているため」など、チェッカーが確認しやすいように根拠も一緒に書いておくことが望ましいです。
このほかにも、原文をきちんと理解できているか自信がない場合や、文脈によっては複数パターンの訳が考えられる場合など、訳文に不安が残る場合は、自分がその訳を選択した理由や、別パターンの訳文も添えて申し送りするとよいでしょう。チェッカーは、申し送りには必ず目をとおし、翻訳者の訳が正しいのか、正しくないのかを判断します。その判断の裏づけに必要な情報を可能な限り翻訳者側で提供しておくことで、チェッカーの手間を省くことができます。
申し送りは、必要なことだけ
また、何でもかんでも申し送りすればいいというものではありません。単純なスペルミスなど、誰がどう見ても明らかに原文が間違っていて、かつ訳文に影響を及ぼさないものであれば、申し送りはしないほうがいいでしょう。この場合、申し送りをしたとしても、チェッカーにとっては不要な確認事項が増えるだけになります。
まとめ
いかがでしたか? たかが申し送り、されど申し送り。その書き方や内容ひとつで、翻訳者の能力を推し量ることができる奥が深いものなのです。ちなみに申し送りの行方ですが、通常、チェック作業はその案件に詳しい人が担当するため、ある程度はチェック段階で解決します。チェッカーでも判断できない場合は、最終的にお客様へと申し送りし、次回の翻訳に活かします。
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