これからの特許翻訳⑩人の翻訳の必要性と機械翻訳との共存
近年、翻訳業界全体では機械翻訳の技術が大きく向上するなど、状況は変化しつつあります。今回は、産業翻訳の中でも特殊といえる特許翻訳とは、特許翻訳の今後について、プロフェッショナル2名をお招きし、機械翻訳の影響、またコロナ禍の現状など、お話を伺いました。
目次
知財業界、特許翻訳の特色
特許翻訳の現状 コロナ禍の影響
特許翻訳の現状 関東と関西の違い
特許翻訳と翻訳支援ツール(CATツール)
翻訳支援ツール(CATツール)と翻訳メモリの活用
特許翻訳と機械翻訳
特許翻訳とみんなの自動翻訳@KI(商用版)
特許翻訳とポストエディット
ツールとコトバの根本的な問題
人の翻訳の必要性と機械翻訳との共存
人の翻訳の必要性と機械翻訳との共存
片岡:
私は特許翻訳を始めるまで、仕事として翻訳をやったことはなかったので、最初はある言語に書かれていることを別の言語に書き起こすという作業だと思っていました。
ところが、特許事務所の先輩にもっと行間を読むように言われて、最初はそれにすごく戸惑いました。翻訳なのに行間を読むってどういうことだろうと思いました。
糸目:
行間には隙間しかないですからね(笑)。
片岡:
(笑)。最初は分からなかったのですが、だんだんと翻訳をするときには、書かれている以外のことを想像しないといけないっていうことが分かってきました。
実際、そういう機会はかなり多いと思います。今の機械翻訳技術がビッグデータでたくさんの例を読み込んだとしても、行間を読むという作業までAIが追いつけるのかなとは感じます。
葉山:
行間を読むのはやはりまだまだ人間の仕事なのかなと思いますね。
糸目:
そうですね。ただ、私はそれもいずれ解決されると思っています。だって、今の人工知能、機械翻訳エンジンって10年前と比べると信じられないぐらいの精度になっています。
あのときに絶対機械に翻訳は無理だと思ってたことが、今はできるようになって来ているので、今後10年、いや5年先にはどうなっているかは、本当に分からないですからね。
片岡:
日本語の明細書自体をAIで書けるようになったら、かなり危ないかもしれませんね。
糸目:
AIで明細書を作成してAIで翻訳して、そうなるともう翻訳者だけではなく、弁理士も廃業です(笑)。今の登録人数ほどはいらなくなりますね。
片岡:
前から思っていたのですが、私は審査官も結構危ないんじゃないかと思います。過去のデータをAIが解析できるなら、審査も可能ではないかと思います。
糸目:
ビッグデータから引例を自動で引っ張ってきたりするかもしれませんね。
葉山:
なるほど。AIの方がフェアかもしれませんね。
糸目:
ですが、私のかつての部長が、「機械にできないような翻訳をするから人の翻訳が必要なんだ」と言っていました。原稿は人間が書いたもので、やっぱり完璧ではないので、そこをちゃんと読み込んで機械にはできない翻訳をするからこそ、人間の翻訳者には需要があるんだろうと思います。
葉山:
おっしゃる通りですね。これからのお二人の展望を伺ってもいいですか?
糸目:
私はかつて特許以外の原稿で契約書の和訳をチェックさせていただいたことがありました。もう、感動するぐらいに上手な方がいらっしゃいました。
英語の段階でとても難しい内容なんですけども、和訳を読んだときに、本当に最初から日本語で書き起こされたような訳をされているんです。
何の苦労もなく、すんなり頭に入ってくる、かつ、原文と見比べても何の齟齬もない、すごい感動を覚えました。こんな翻訳はおそらく機械が発達したとしてもなかなかできないだろう、と思いました。
人の翻訳者である以上、機械にはできないレベルの翻訳者を目指すと同時に、新しい技術に対しては最初から否定するのではなくて、そこに折り合いをつけて市場が求める翻訳者を目指していけたらと、私は翻訳者としてそう思っています。
葉山: 非常にいいお話、ありがとうございます。
片岡: 翻訳の仕事を18年間インハウスでして、その後独立して1年ちょっとになりますが、ここ数年で翻訳市場には大きい変化が起きています。
機械翻訳が台頭してきて、CATツールもメジャーになってきました。やっぱり産業翻訳である以上、どうしてもクライアントはコストにこだわります。
そこは文芸やほかの分野の翻訳と明らかに違うところだと思いますが、コスト要求とはずっと付き合っていかないといけないので、クライアントがコスト的に見合うと感じるサービスを提供しないと、結局は取り残されてしまう気がします。
ですから、今後は機械翻訳と共存する形でうまく補い合っていくようになっていくのではないかと思いますが、それはコストに見合った質を確保できるように、自分自身が適合していく感じでしょうか。
先ほど糸目さんがおっしゃったような、一人の翻訳者として人が感動するぐらいの質のものを出したい、という気持ちもある半面、ある意味自分の理想を捨ててでも、お客さんのコスト意識を満足させるような方向にも向いていないといけない、と感じます。
糸目: そこの折り合いですよね。
葉山: 非常に前向きなお考えをお聞きしました。本日はありがとうございました。