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科学技術と言葉

【特別連載】科学技術と言葉 vol. 1 ~研究活動における言葉の重要性~

はじめに

医薬品やその開発など創薬に関わる研究者たちはその多くの時間を実験に費やす。この事は、直接創薬に関わらない人々にとっても理解しやすいものだと思われる。しかし、これらの日々の活動を支えるものの一つは正確な言葉である、ということを理解してくれる人は、そう多くはない。

医薬品開発の研究や開発に30年近く関わってきた経験から、研究活動の始まりから、実施、検証、そして完結までの一連の作業と言葉との関わりについて何回かに分けて述べていきたいと思う。初回は、研究者としてのスタートについてお話しする。

出発点:研究者としてのトレーニング

理科系の研究者が研究者として独り立ちできるには、少なくとも大学を卒業後3年から5年以上のトレーニング期間を必要とする。大学で通常4年間も教育を受けているにもかかわらず何故これほどの長いトレーニングが必要となるのだろうか。

容易に想像できるように、最大の理由は専門領域で研究を行うには非常に多くの細かい作業を必要とし、これらは一つ一つ自分で実験を行いながら覚えていく必要があるからである。例えば、創薬化学者(新薬の種を基に目標とする薬効を示し、副作用の少ない化合物を作り出す為に、種々の化合物を合成する化学者)を例に取ると、合成の手法も勿論のこと、使用する薬品の取り扱い(水に接触すると爆発するものから、厳重に管理されてはいるものの青酸カリのような毒物、手で直接触ると炎症を起こすものまで多くの危険なものを扱う)から、自分の作った化合物を分析し、目的としたものであるかどうかを確認する手法など多くのことを一つ一つ覚えていかなくてはならない。

もう一つ忘れてはならない重要なことは、情報の入手に関する訓練である。

幸いなことに、日本では専門課程においても日本語で書かれた教科書を使用し、日本語で授業を受けることができる。しかし、教科書以外の専門の文献に一歩足を踏み入れれば、その殆どが英語である。それまで英語といえば、授業で使うテキストを1時間で1ページくらいのスピードで読むか、簡単な日常会話程度しか知らなかった者にとっては、専門用語が多用され、しかも自分の知らない事柄について書かれたものを理解するのは、非常に難しいものである。大学院の初期の頃に、教授の示した100ワード程度の論文の要約を見せられたとき、何を言っているのか全く分からなかったことの衝撃は今でも忘れることができない。

科学を専門として研究をする限り、その分野に関しての論文は、ある程度は辞書なしで読めるようになることは必須である。

しかも、これらの専門の文献には必ず膨大な引用文献が記載されており、本文に書かれている内容を正確に理解するには、これらの引用文献にも目を通す必要がある。内容の理解に必要と考えて入手したこれらの引用文献を飛ばし読みによってその概要を理解し、詳細に読む必要があるかを判断する。期待していた内容でないことがかなり多いからである。

しかし、論文読むことに時間をとられすぎれば、実際に自分の行おうとする実験をする時間がなくなってしまうので、ある程度以上の速さで内容を正確に把握できるようになることは必須なトレーニングとなる。

トレーニングの総仕上げ:博士論文

このような受動的な情報の入手ができるようになった後、トレーニングのゴールの一つは、博士論文の作成による博士号の取得(欧米ではPh.D.)である。(※ちなみに、欧米では、この資格が研究者としての最低の水準と考えられており、学会発表を含め研究活動には、この資格の有無が大きな違いを生むことが多い。)

勿論、博士論文は研究者として十分な資格があることを示す為のものであることから、しかるべき専門科学雑誌に研究結果を投稿し、受理されていることが条件となるなど、ある程度の実績が求められるものの、駆け出しの研究者が目を見張るような大発見をすることは残念ながら誰も期待はしていない。それでは、その博士論文を審査する教授たちはいったい何を基準に審査するのだろうか。

最も重要な点は、得られた実験の結果から最終的な結論に至る理論構築の的確さということができる。科学の領域では、一回の実験から確実な理論体系が導かれることは殆ど無く、条件を変えた多くの実験や、他の科学者からの報告、それまでに築き上げられている理論などを総合して結論を導くことが多い。さらに、自ら行った実験においても、組み立てようとする理論と矛盾するように見える結果が得られることも稀ではない。そのような場合にも、どのようにその結果を解釈すれば全体として整合性が取れるかを適切な言葉と論理で納得できるように説明していかなければならない。

実験科学において重要なのは、実験結果であることは言うまでもないが、正確で簡潔な言葉でそれを理論に組み込み、さらにその結論の科学上の意味や、社会的意義などまで記述することで、初めて意味のある学問として成立する。

皆に分かってもらう為にはやはり言葉の力を借りる必要があるのである。

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中塚隆

中塚隆

理学博士 (株)川村インターナショナル スペシャリスト 東京大学化学科卒業。東京大学理学系大学院博士課程修了。(専門:有機合成化学) 大学院卒業後、大手食品会社の生物医学研究所に就職し、創薬を目的とした有機合成に携わる。 その後、免疫系をターゲットとした創薬研究のほか、FDA提出書類レビュー、GMPやGLP関連業務、マネジメント業務を担当した。 2015年に(株)川村インターナショナルスぺシャリストに就任。 医療/医薬分野の翻訳案件のレビューを担当するほか、社内の医薬翻訳関係者の人材育成にも力を入れている。なかでも毎週開催される勉強会は、文系出身のメンバーにも分かりやすいと評判の講義である。

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