これからの特許翻訳⑥特許翻訳と機械翻訳
近年、翻訳業界全体では機械翻訳の技術が大きく向上するなど、状況は変化しつつあります。今回は、産業翻訳の中でも特殊といえる特許翻訳とは、特許翻訳の今後について、プロフェッショナル2名をお招きし、機械翻訳の影響、またコロナ禍の現状など、お話を伺いました。
目次
知財業界、特許翻訳の特色
特許翻訳の現状 コロナ禍の影響
特許翻訳の現状 関東と関西の違い
特許翻訳と翻訳支援ツール(CATツール)
翻訳支援ツール(CATツール)と翻訳メモリの活用
特許翻訳と機械翻訳
特許翻訳とみんなの自動翻訳@KI(商用版)
特許翻訳とポストエディット
ツールとコトバの根本的な問題
人の翻訳の必要性と機械翻訳との共存
特許翻訳と機械翻訳
葉山:
では、次に機械翻訳についてお話を伺いたいです。機械翻訳について、お二人はどのような印象をお持ちでしょうか?
糸目:
翻訳者としての視点からすると商売敵になるので、機械翻訳にはあまり良い印象は持っていませんが、客観的に見て、特許翻訳は機械翻訳と非常に親和性がある、というのが私の印象です。
特許翻訳は、原文に書かれていることを余さず訳文に盛り込まないといけないですし、逆に原文にないものを付け加えるのはご法度です。
基本的に直訳が前提ですが、読みやすく翻訳できるのであればそれに越したことはありません。が、多少読みづらいとしても、そこは受け入れられる世界です。
あくまでも書いてあることを元に審査がされて、その特許を付与された後も、何度も舞台に上がってくるものなので、語弊はありますが、正確さが最優先、読みやすさは2番目なんです。
機械翻訳で翻訳した場合、やはり「翻訳の匂い」がプンプンするんです。たとえばECサイトとか雑誌の翻訳だと、やっぱり読み手にとって読みやすいというか、すんなり頭に入ってくる文章にしないといけないので、機械翻訳ではちょっと物足りないときもあります。
読みやすさが許容される特許翻訳では、機械翻訳とは親和性があるのかなと思います。ただし、特許明細書は書き手によっては非常に難解な文章が多く、原文の品質が大きく変わります。
うまく書かれた原文の特許明細書の場合は、ほぼ機械翻訳でできるときもあります。完成度の高い原文の場合は、機械翻訳と非常に相性がいいと感じています。
葉山:
そのうち機械翻訳との相性を意識して特許明細書の日本語も書き起こされることが主流になってくるかもしれないですね。
糸目:
もう、なってきています。昭和とか平成の初期とかは、日本での出願全てが外国に行くわけではなかったので、翻訳を前提として原文を書いていなかったと思います。
最近は、外国に出ていくケースが多くなってきているので、翻訳することを念頭において日本語の特許明細書を書かれる弁理士さんも増えてきました。かつては1ページ全部1つの文だけで書かれた特許明細書がざらでしたが、簡潔に文書を区切って書かれる明細書も最近は増えてきました。
葉山:
それは翻訳者さんにとっても喜ばしいことですよね。片岡さんはどうですか。機械翻訳に対してどのようにお感じでしょう。
片岡:
ここ数年で非常に機械翻訳の精度が上がってきているとは感じています。5年前だと、ほぼ使い物にならないといいますか、下訳にさえ使ったら逆に時間がかかってしまう感じでしたが、糸目さんもおっしゃったように、今では非常に明確に書かれた日本語だと、すごく綺麗に翻訳してくれるところまでは来ています。
ただ、細かい部分をどこまで慎重に取り扱うのかが大切なのだと思います。特許明細書が法律文書であるということを考えると、細かい部分を気にしなくて良いのか、それとも、その細かい部分こそが、その特許明細書の大事な部分ではないのか、というところです。
特許翻訳者が評価されるのは、その経験値としてたくさんの明細書を訳してきて、明細書においてどういう部分が重要なのかが分かっている、というところです。機械翻訳は文書全体が同じ扱いで、重視するポイントと重視しなくてよいポイントの判断はできないと思います。そうしたことを考えると、法律文書に対してはまだ機械翻訳には限界があるのかなとも感じます。
葉山:
結構胸に響く話ですね。でもその通りですよね。やっぱりご経験の中で、ここは重要だろうっていうところを頭の中でご判断されて、字面だけじゃなくそういった部分を意識して翻訳をされるのが人手の翻訳ですよね。おっしゃる通りだと思います。その塩梅は機械翻訳では難しいです。
<⑦に続く>