【特別鼎談企画】これからの翻訳業界(10の質問)①
-業界調査会社によると、世界の翻訳・ローカリゼーション市場は堅調に推移しているといわれている。日本では2020年のオリンピックに向けて、訪日外国人4000万人、同消費額8兆円を目指す観光ビジョンが経産省から発表されて久しいが、観光・インバウンド関連以外の翻訳・ローカライズ市場はどう推移しているのか。
また、AIを活用した機械翻訳の精度が向上したことにより、「AIが人の仕事を奪う」といった論調で翻訳業界の存続を危ぶむ声も聞かれるが、こうした意見は、現在の市場のニーズを正しく反映しているのだろうか。 -
翻訳・ローカリゼーション業界専門の調査会社や業界団体のデータを参考にしつつ、今後の日本の翻訳業界の展望について、女性経営者三名に伺う鼎談企画です。
目次
「2020年の東京オリンピックに向けて」
「翻訳・ローカリゼーションの市場は、成長産業か」
「機械翻訳の成長率」
「今後若い世代の翻訳者の参入は」
「翻訳作業時間の減少」
「今後の人材確保」
「働き方改革」
「これからの翻訳業界」
2020年の東京オリンピックに向けて
(森口)本日はお忙しいなか、足をお運びいただきましてありがとうございます。
今回は、「業界調査」のデータを参考にしながら、私のほうから事前に10の質問をご提示させていただきました。
業界の調査会社の結果によると、基本的にはこの業界自体は伸びているという数字があったというようにご覧いただけたと思います。一方で、世の中的には機械翻訳の精度が上がってきて、AIが人の仕事を奪うのではないかという議論がこの業界でも出ているところはあると思っています。
そのあたりをどのようにお考えになられているのか、いまの日本のこの業界、今後この業界はどうなっていくのかについてご意見をいただければと思います。
① 2020年の東京オリンピックに向けた盛り上がりは、自社のビジネスにも影響を与えていますか。
(森口) まず、いちばん最初の質問です。2020年のオリンピックに向けて我々の業界もこれからオリンピック需要が見込めるのではないかと期待しています。つまり、建設業界などと比べると通訳や翻訳はサービス業界で、人のインフラ的なところがありますから、需要も最後のステージにくるのかなと思っています。2020年に向けて、まず東京オリンピックに向けた盛り上がりは自社のビジネスにも影響を与えていますか。
では、最初に稲垣さんのほうからお願いします。
(稲垣) 実際のところオリンピックに直結した仕事のお話は実はありません。私も営業と制作と両方を見ている立場から、営業に働きかけたり、本社からも「オリンピック開催国なのだから、それに関連したニーズを追いかけろ」という話があるわけですが、実際のビジネスに結びつくものはあまり見えていません。日本の経済が上向いているというところで、今まで出してくださらなかったお客様が仕事をくださったり、そういった間接的な影響はあると思います。
(森口) 新比惠さんはどうでしょうか。
(新比惠) 医薬品分野では一般社団法人くすりの適正使用協議会というのがあるのですが、そこがオリンピックに向けて、「くすりのしおり」という患者さんがお医者様からもらう薬の効能・効果、用法・用量や使用上の注意などをまとめた患者さん向けの情報シートの英訳の整備を急ぐよう推奨しています。その関係で、弊社でも、昨年から今年にかけて、かなりの品目の英訳を受注ました。添付文書がバージョンアップされると適応症や飲み方などにも一部改訂がありますので、「くすりのしおり」も改訂され、用量が追加されると用量違いの同じようなものを作るなどの需要もありました。
(川村) それはすごくはっきりした需要ですね。
(稲垣) 目に見えた需要ですね。
(川村) 稲垣さんのところは組織が大きすぎるんじゃないですか。
(稲垣) うーん。もちろん、オリンピックに向けたインバウンド需要の増加を見越し、ホテル業界や旅行業界などから、ウェブサイトの多言語化などのお話は出てきています。
(新比惠) 「くすりのしおり」については、英訳だけではなく、元になる日本語版の内容確認・修正や、協議会への対応など、周辺業務も、お手伝いしています。このような、翻訳にとどまらず、医薬品情報の整備業務をトータルにサポートできる体制がクライアントにも喜ばれています。なお、2015年の大阪万博の開催が決まり、この影響で翻訳業界がさらに活性化すればと楽しみにしています。
(川村) 大阪が決まったと聞いたときにすごく嬉しかったです。オリンピックが終わって、日本の経済がどんと下がったら影響ありますからね。
(稲垣) そこの落ち込みは私も危惧していました。
(森口) 翻訳は業界的に人のつながりが重要ですからあまり場所が重要でない気がしますが、東京のオリンピックが終わった後に大阪万博があるというのはとてもいいことですよね。
(川村) 私どももインバウンドの需要はあります。先ほどおっしゃったように、ホテルの話や全体的に比較的小さな話かもしれませんが、そうした小さい話がいくつも重なるような感じで、前年度よりも300%ぐらい増えたというのは営業が言っていました。
それと、日本の市場全体としては、例えば機械翻訳の精度が良くなったけれども、市場が停滞していたらこれほど盛り上がらないと思います。やはり、機械翻訳の精度が上がったと盛り上がるのも、オリンピックの影響だと思います。そうすると、皆さん辞書を作られたり、コーパス作りをしたり、機械翻訳関連の仕事が増えているのも間接的にいえばオリンピックの影響ではないかと感じています。ですから、終わったら嫌だなと思います。
(稲垣) たしかにそうだと思います。いろいろなところで機械翻訳関連のソリューションが見えてきているところはあります。
(川村) そうです。でも、オリンピックがなければきっと、こんなに市場に熱気はないのではないかと感じはしています。
でも、新比惠さんとこ、いいですね。日本語から作るというのは……。
(稲垣) そんなところが出てくるとは気付かなかったです。
(新比惠) 製薬企業はコスト削減で、業務効率化のために人を減らし、社内でできる仕事を絞って、社外でできることは出すようにしています。
(稲垣) 製薬業界の中にはずっと社内翻訳者を抱えて対応されていたところを、徐々にアウトソースのほうに向かっていらっしゃるところが多いのでしょうか。
(新比惠) そうですね。いろいろやり方があると思います。(以前からありましたが)シェアードビジネスで中に部門をつくって全社から受けるというスタイルを推進したり、そこに集まってきた翻訳をアウトソースをするBPOのような形を採用したり、あるいは事業部門を切り離したりとか、いろいろなことをして外に出しているので、翻訳の需要は翻訳業界にとっては増えているような感じがします。
そういう周辺の仕事もできる人、そういうノウハウを知っている人が社内にいなくなってきているのだと思います。
<②に続く>