「なぜか読みにくい」訳文の正体⑥言葉の呉越同舟
翻訳された日本語が、どこか読みにくいと感じたことはないでしょうか。意味が間違っているわけではないし、訳し漏れもないし、専門用語も正しく使われている。なのに読みにくい!表現が不自然!こなれていない!
このような訳文は、なぜ生まれてしまうのでしょうか。どうすれば自然な日本語になるのでしょうか。本連載では、「なぜか読みにくい」訳文の正体を突き止めるとともに、不自然さを解消する手段を考えていきます。
(前回までの記事:①遠距離でのすれ違い、②命なきモノ、③要なき主、④アレがコレでソレだから、⑤整理下手は翻訳下手)
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相談してダメなら引いてみろ
シンデレラの足にぴったりと収まったガラスの靴。そこから「シンデレラフィット」という言葉が生まれました。寸法を測ったわけでもないのに、戸棚や引き出しなどのスペースにぴったりとフィットする収納のことだそうです(偶然ではなく狙ってフィットさせることもあるようですが)。
このように相性のいい組み合わせが見つかると幸せな気持ちになりますが、世の中そんな相思相愛や蜜月関係ばかりではありません。たとえば食べ物だと、天ぷらとスイカを一緒に食べると消化に良くないと言われています。どちらかが悪いとか、劣っているとかいう話ではなく、組み合わせが良くないというケースです。翻訳の場合も、言葉と言葉のつながりが悪いと自然な表現にはなりません。
学校で習った「consult a dictionary」という表現を例に考えてみましょう。これを日本語にしてみます。dictionaryはとりあえず「辞書」としておきましょうか。一方のconsultには「相談する」という意味がありますね。この2つを組み合わせると、「辞書に相談する」という訳になりますが・・・・・・こんな日本語はありません。「辞書」と「相談する」は相容れないのです。学校のテストでも丸はもらえないでしょう。
時は金なれど・・・
ではバツが付いてしまいそうな訳をもう1つ。
7年の改修期間と、250万エジプトポンドの費用を経て、メルサマトルーの洞窟にあるロンメル博物館がついに再開されました。 |
ちなみにロンメル博物館がある洞窟は、大戦中にドイツ軍がアフリカ戦線の司令部として使っていた場所だそうです。さて、この文の問題は「費用を経て」の部分ですね。「経る」とは「時がたつ」という意味です。なので、「期間」とは仲良くできそうですが、「費用」とは馬が合いません。
この不仲なコンビには解散してもらいましょう。期間とも費用とも相性ぴったりの言葉もあるかもしれませんが、それぞれ別のパートナーを見つけてあげる方がよさそう。いやむしろ、ニュアンスさえ出ていれば、期間や費用という言葉そのものを使わなくてもいいのです。
メルサマトルーの洞窟にあるロンメル博物館は、250万エジプトポンドを投じて7年にわたり改修工事が行われていましたが、このたびついにリニューアルオープンとなりました。 |
「経る」と「費用」には退場してもらい、「250万エジプトポンド」の新たな相棒として、「投じる」に出てきてもらいました。「期間」も姿を消しましたが、「7年にわたり」という表現でその意味を出しています。最初の文と見比べて、抜け落ちているニュアンスはないはずですし、不協和音を鳴らしている組み合わせもないと思います。
お隣よろしいですか
こちらの文はどうでしょう。今度は怪しい部分を太字にしていません。
ストレージ管理の標準の構築を目指す業界の取り組みもあったが、それらは名ばかりの成功に留まり、実際的な成功を収めることはできなかった。 |
今回のテーマは「相性が良くない言葉の組み合わせ」です。この点から見て、気になるところはありませんか?仲が悪い者同士が隣に座って、気まずい雰囲気になっている席はないでしょうか?
私は「標準の構築」が気になりました。ここでいう標準は規格のことなので、「構築」と相席になると、居心地の悪い空間が生まれてしまいます。「標準を構築する」という言い方はあまり聞きません。標準を「~する」なら、「定める」「策定する」という言葉の方がしっくりきます。
険悪なムードが漂う席を突き止め、仲良くできそうな相手が見つかったところで、文全体を組み直してみます。
業界でストレージ管理の標準を策定する試みもあったが、名ばかりの成功にとどまり、実際的な効果はなかった。 |
やはりこの文に「構築」の居場所はありませんでした。英語の「build」はいろんなものを「作る」というニュアンスで使われますが、日本語にするときに何も考えず「構築する」という訳語を当てていくと、今回のように不仲なペアが生まれてしまうことがあります。
通してください!
では、言葉の不自然な組み合わせを防ぐにはどうすればいいでしょうか。文脈を意識する、語彙を豊かにするなど、やるべきことはいろいろと考えられますが、ぜひ実践したい対策の1つが、ひととおり訳した後に訳文だけを通して読むことです。
たとえば翻訳支援ツールを使って訳す場合、左の列に原文が表示され、右の列に訳文を入力していきます。左の一文を読んで右に一文を入れ、また左の文を・・・という具合に、原文と訳文を行ったり来たりすることになります。これだと、どうしても原文の情報に引っ張られてしまい、訳文の形が歪みがちに。そのような歪みの1つが、相性の良くない言葉の組み合わせというわけです。
できあがった訳文だけを読むという手順を踏めば、原文に戻っていたときに見落としていた歪みに気づける可能性が高まります。
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