「トランスクリエーション」の世界から知る翻訳の面白さ
ある言語からある言語へと翻訳をするとき、ただ単語を置き換えるだけでは、せっかく訳出をしても意味が伝わらないことがあります。それぞれの言語の背景には異なる文化や考え方、価値観があるからです。
このような言語間のギャップを埋めるための「トランスクリエーション(Transcreation)」という翻訳手法が、近年注目を集めています。
今回の記事では、 この「トランスクリエーション」について、実例を示しながら解説します。
目次[非表示]
- 1.「翻訳」の定義とは?
- 2.直訳と意訳
- 3.トランスクリエーション?
- 4.普通の意訳の例
- 5.超訳の例
- 6.トランスクリエーションの例
- 7.「翻訳語」という言葉
- 8.おまけ
- 9.KIのサービス
「翻訳」の定義とは?
皆さんは「翻訳」の定義をどのように考えるでしょうか?
簡単に言ってしまえば、「ある言語から異なる言語への変換」などと表現することができると思います。しかし、実際の翻訳というのは「変換」などのような単純なプロセスですべてを完了させることが非常に困難です。
異なる言語間にはそれぞれの概念、風習、伝統、文化、文法などがあり、片方がそれを持っていてももう片方には存在しない、または一般的でないものなどがあると、単純な「変換」はその時点でできなくなります。つまり、翻訳という作業は単純な変換作業だけでは成り立たず、元言語のコンテンツが持つ「意味」だけではなく「意図」を翻訳先言語の読者に無理なく伝えるための創作活動が必要になるのです。そういった問題を解決するために、翻訳者は日々頭を悩ませています。
そんな産みの苦しみを経て、いわゆる「意訳」された訳が生まれるわけですが、様々な背景を加味して翻訳されたそれらの訳語は、時として非常に見事で秀逸なものであることがあります。
直訳と意訳
直訳とは原文の一語一句すべてを忠実に訳すことを指します。一方で意訳は翻訳先原語の読みやすさを優先するため、原文の意味をすべて訳文に反映することにはこだわりません。
意訳にも色々あり、いわゆる「硬い」直訳調から「柔らかい」自然な訳語に調整するものが一般的には意訳と呼ばれますが、中には原文が原型を留めていないものや、「原文に似た何か」に置き換えられたりするものがあります。
そのような大胆な意訳のことを「超訳」と呼ぶことがありますが、最近は特にマーケティングの分野で「Transcreation(トランスクリエーション)」というジャンルがポピュラーになってきました。
トランスクリエーション?
トランスクリエーションという言葉自体は比較的新しい造語で、明確な定義は難しいのですが、簡単に言えば「文化的意訳」とでも言えるでしょうか。
ある言葉を直訳したときに翻訳先言語の読者がその訳を理解することが極めて難しいと思われる場合には、その言葉の背景にある文化や言語的背景を補う作業が必要になってきます。このような状況では、時として「トランスクリエーション」が行われます。原文本来の意味を捨ててでも、翻訳先言語としてキャッチーになるような訳文を採用するのです。
近年では、グローバルマーケティングによる宣伝・広報戦略の一本化が進んでいるため、特に重視されています。
それでは、具体的な例を見ていきましょう。
普通の意訳の例
"Welcome to our party."
直訳すると「私達のパーティへようこそ」ですが、日本語の環境でこのような表現で友人に話す状況というのはなかなか想像がしにくいと思います。
意訳すると、若干芝居がかった表現ですが「よく来てくれたね」などとすることができると思います。
超訳の例
"I love you." 「月が綺麗だね」
夏目漱石が教師時代に生徒が訳した「I love you - 我君を愛す」に対して、「日本人はそんな事は言わない、月が綺麗ですねとでも訳しておきなさい」と言った(とされる)逸話で有名なフレーズです。
真偽については諸説あるため詳しい解説は省略しますが、明確な共通点は会話のシチュエーションぐらいのため、これが翻訳と言えるかどうかは難しいところです。半ば強引に日本語化しただけ、とも言えるのでトランスクリエーションとはまた違うもの(「超訳」)と考えてよいでしょう。
トランスクリエーションの例
"Intel inside" 「インテル、入ってる」
これは非常に有名なキャッチコピーで、皆さんもよくご存知だと思います。
この訳のすごいところは、原文の意味が損なわれていないこと、「テル/てる」で韻を踏んでいる(原文では In/in が韻を踏んでいる)ことです。翻訳と日本語のコピーライティングを同時に実現しているわけですから、ほぼ完璧なトランスクリエーションと言えます。
余談ですが、グローバル展開している日本企業のコピーは最初から英語になっていることがよくあります(Leading Innovation – 東芝、make it possible with canon – キヤノン、など)。
これは、多言語にトランスクリエーションする労力を避ける目的もあるのかもしれません。
「翻訳語」という言葉
「翻訳語」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
翻訳語とは、ある言語から別言語に変換をする場合に、原語がもつ概念や習慣などが訳出先の言語でそもそも存在しないため、元の言葉とはリンクしない言葉を当てはめたり、新しく言葉を作ることでできる言葉です。いわばトランスクリエーションの原点と言えます(ビジネスとしての訴求力を求めていない点で、トランスクリエーションとは定義がやや異なると思われます)。
日本語においては、明治時代初期から多くの翻訳語が生まれ始め、社会、恋愛、個人、存在といった概念がこの頃多く作られました(仏教用語からヒントを得たものが多かったようです)。
現代で意訳と言えば、「適宜言い換える」程度のニュアンスで解釈されることが多いですが、昔はもっと創造的な意訳が行われていたのですね。
おまけ
最後に、筆者が最近目にした素晴らしいトランスクリエーションを紹介してこの記事の終わりとしたいと思います。
次のツイートをご覧ください。
これについて解説をすると、「スタートウィンクルプリキュア」というアニメで主人公の女の子がたびたび「キラやば」というフレーズを使います。
特に深い意味はなく「とてもすごい」とか「かっこいい、かわいい、楽しい」といった感情を強調するニュアンスとでも理解しておけば良いと思いますが、日本人であれば解説がなくても「キラやば」が示そうとする意味をなんとなく理解できると思います。
そつなく訳せば「very cool」であるとか、「so cool」などとなるでしょう、しかしこれでは逆翻訳したときに「キラやば」には絶対になりません。原文である日本語からして造語であるため、「キラやば」がもつ直接的意味以外の造語的ニュアンスが存在しないからです。
Twincool を分解すると「Twinkle + Cool」で「キラキラ+クール」といったニュアンスです。意味的にもしっくりきます。さらに発音としても、Twinkleを変形したものなので造語としても非常に自然な響きになっています。作品のタイトルともリンクしていて何から何まで非の付け所がない名訳といえます。
最近ではトランスクリエーションされた言葉が身近にたくさんありますので、元をたどっていくと面白い発見があるかもしれません。変わったフレーズを見かけたら、どんな言葉がその先にあるか想像してみてはいかがでしょうか?
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