品質管理の手引き:実機チェックの最前線
翻訳会社の仕事は、指定されたソースを指定された言語に翻訳して一旦完了しますが、翻訳された言葉には「その先」があります。製品であれば UI やマニュアルが指定言語で表示され、ユーザーが使用し、Webサイトや出版物であれば読者が目にします。
つまり、翻訳の品質は、「その先」で翻訳を読んだ人々が満足して初めて品質が高いと見なされます。
従来、IT 翻訳の品質といえば、指示書や規約に沿って作成されていることや、指定された用語を適切に使用していることが「高品質」の基準でしたが、最近では翻訳後の「その先」を見据えた品質が問われるようになってきました。つまり、納品物が「ユーザーや読者にとって最善の翻訳になっている」という点を満たしているかどうかを、事前に把握することが品質の要になっているのです。
この項目を確認する方法に、いわゆる「実機チェック」があります。今回の記事では「実機チェック」の最前線について、これまでの歴史も含めて紐解いてみたいみたいと思います。
翻訳の品質は何で決まる?
2000年代に入ると、翻訳作業における PC の使用が標準になりました。その頃の翻訳の品質と言えば基本的に、仕様書どおりに翻訳されている、規約に従って翻訳されている、用語が正しく使用されている、などの、定められた仕様どおりに仕上がっているかどうかという唯一の基準を元に評価されていました。
具体的には、翻訳エラーについてカテゴライズ、および重み付けを行って、ファイルごとに採点していく。これが、スタンダードな「品質チェック」工程でした。基準を満たしていなければ、以下の画像のように「不合格」となります。
誤訳ではない、けれど・・・
CAT (翻訳支援) ツールが普及すると、IT 翻訳では、必要最低限の個所のみを翻訳/編集する「レバレッジ」翻訳が主流になります。旧版や TM (翻訳メモリ) を最大限に活用し、差分 (旧版、メモリと差異のある箇所) のみを訳出します。
レバレッジ翻訳では、複数ファイル間の整合性がとりやすい、旧版の流用が簡単、などのメリットがありますが、文書全体を通したコンテキストが無視されるおそれがある、過去のエラーが修正されにくいなどのデメリットも発生します。さらに、どうしても既存の翻訳に沿った翻訳になりがちになり、「翻訳としては間違っていないが、実際の製品上では違和感がある」、「操作がしにくい」などの、実際の運用における不具合がでてきます。
特に、昨今需要が急速に伸びている UI (ユーザーインターフェイス) 翻訳では、UI を製品のソースから抽出してリスト化しているため、ほぼ文脈が考慮されずに羅列されたフレーズやメッセージを訳出しなければならない場合もあります。
こういった状況から、「翻訳の仕様に沿っている」だけでなく、「ユーザーや読者にとってベストな翻訳になっているかどうか」の指標で品質を評価する必要性ができてきました。それを可能にするのが「実機チェック」です。
誤訳でもいい!?
翻訳における「実機チェック」は、「実機検証」や「本稼働チェック」などと呼ばれることがありますが、いずれも内容はほぼ同じで、「翻訳した文言を本番環境に適用してみて、実際の使用感を確認する」チェックになります。
「実機チェック」で確認する内容の観点は、もちろん基本的な翻訳の正誤も含みますが、それよりも「画面の構成的に違和感のない翻訳になっているか」、「翻訳時には不明だったコンテキストの観点から、間違いがないか」という点が主になってきます。
「本番環境」としてはさまざまなケースがあり、適用後の画面を画像としてキャプチャしたものや Microsoft Excel などにまとめたものや、大掛かりなものでは本番環境を模したテストシステムを準備し、実際の操作感まで含めて検証するテストもあります。
実機チェックでは、翻訳の完成度よりも製品としての完成度が優先されます。そのため、原文との対比では全く問題ない訳語でも、実機チェックでは修正対象となって変更される、というケースが多々発生します。乱暴に言えば、原文と訳文を突き合わせたときに「誤訳」とみなされるような変更でも、実機チェックでは修正として加えられます。
翻訳の修正が行われた例です。
「Book a Table」という言葉が2箇所でています。
順番的に、上は画面タイトルとしての「ご来店予約」が適当です。
下の「Book a Table」をクリックすると、実際の画面での該当箇所にプレビュー画面が遷移します。この場合、下の「Book a Table」はボタンであることがわかり、適切な訳としては「予約する」が適切であることがわかります。
モバイル時代の到来と翻訳
この傾向は、スマートフォンやタブレットなどのモバイル端末が隆盛となるにつれて顕著になります。
モバイル端末では、UI やボタンは大きく表示され、画面は自分で直接タッチするものに変わりました。つまり、アプリの登場により、ユーザーと翻訳が文字通り物理的に近くなったのです。そして、近くなった分、非常に繊細な翻訳品質が求められるようになりました。「どこを押していいかわからない」「わかりにくい」「表示が間違っている」などのエラーが、アプリ自体の品質に直結するためです。また、アプリのリリースや更新の頻度は従来の製品と比較してかなり速いペースで行われるため、実機チェックも頻繁に行われるようになりました。
現在では、実機チェックまでの一連の流れを工程とした翻訳案件が多く発生しています。案件の性質によっては、実機チェックが翻訳において欠かせない品質管理の工程となっているのです。
多くの翻訳会社では実機チェックにも対応していますので、製品のユーザーエクスペリエンスを高めるためにも実機チェックが必要、という場合はぜひ相談してみてください。
おわりに
このように、実機チェックでは従来の翻訳品質を超えた、「製品品質」でのチェックが求められるようになっています。
今後も実機チェックは重要な工程として、ますます迅速化し多様化していくことは間違いありません。
その分、翻訳を行う際にも常にユーザーを意識し、原文の先にあるユーザーや読者のための翻訳を心掛けていくことが重要となりそうです。
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