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【特別連載】科学技術と言葉 vol. 4 ~臨床試験と文書~

新しい医薬品は、臨床試験でその有効性および安全性、副作用の範囲、重篤度などについて、実際に人に投与して得られた知見を基に当局により承認された後に販売され患者の元に届けられる。当局の審査官は、製薬会社の提出する文書に基づいて審査を行うのであり、文書が実態を正確に反映していることを前提にしている。言葉を正確に使うことが強く求められる。

筆者は、その殆どを研究畑で過ごしたが、幸いにして臨床試験を実施するに当たって行われる様々な業務を垣間見る機会も与えられた。これらを基に、臨床試験での文書の持つ重要性について述べてみたい。

目次[非表示]

  1. 1.医薬品への当局の関与
  2. 2.医薬品の歴史を振り返ると
  3. 3.最も重視されること
  4. 4.最後に
  5. 5.川村インターナショナルのサービス

医薬品への当局の関与

現在、先進国では新薬の承認は当局が強く関与し、厳重な審査を通ったものしか医薬品として流通させることはできない。我々にとっては、いかにも常識のように見えるが、この様なシステムが出来上がったのはそう遠い昔のことではない。

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医薬品の歴史を振り返ると

人類は、その歴史の始まりから動植物や鉱物を様々な病気の症状を緩和するために利用してきた。その殆どが自然界に産出されるものであり、当然、産地や季節によってその有効性に差が出てくるのは致し方ないものであった(現在でも、漢方薬や生薬として用いられている様々な原材料は、これらを考慮しながら用いられている)。人々は、いま自分が手にしているその薬にきちんと有効成分が含まれているか、また、害のあるものが含まれていないかについて確かめる手段を持たず、それを処方してくれた医者や、薬局を信用するしか方法はなかった。

1930年頃においてさえ、成分のはっきりした医薬品そのものが多くなかったことから、医薬品の開発の手順は定められておらず、臨床試験や医薬品の承認という手続きも存在しなかった。

人類が最初に手にした合成抗菌剤(サルファ剤)のヒトへの応用も、メーカーからの情報提供や医師の間の口コミといった形態で行われ、その投与に際しては重篤で従来の治療だけでは絶望的な患者に対して、手探りの投与量で投与するというものであった。最終的に、有効性を確認した医師たちからの報告によって、発売されることになったのであり、殆ど当局は関与していなかった。

サルファ剤の問題の一つは水に溶けにくいことであるため、ある医薬品会社は、薬剤を溶かすために化粧品や軟膏などへの添加剤として使われていたジエチレングリコールを加えることで、この問題を解決し、広く販売を始めた。しかし、この添加物によって多くの子供たちに重篤な腎臓障害が発生し、米国の医薬品管理当局(現在のFDA)の懸命な製品回収にもかかわらず、100人以上の犠牲者を出した。

この事件を教訓に、米国では医薬品に関する関与を強め、さらに、1950年代終わり頃のサリドマイド事件を機に、アメリカで既に大きな産業となっていた製薬業界の反対を押し切る形で、さらなるFDAの権限強化、医薬品の安全性試験の規制(GLP)、製造法に対する規制(GMP)などへの道が開かれ、現在の当局による強い規制、管理体制に至っている。

最も重視されること

当局が最も重視している点は、医薬品の投与が必要以上に患者に対して危険をもたらさないようにすることである。どのような医薬品であっても、投与量を一定以上に増やせば必ずといっていいほど副作用が発現する。副作用が発現する最低投与量はどのくらいか、その際に最もダメージを受けるのはどの器官か、そのダメージは投与の中止によって回復されるのか、胎児に対しての影響はあるのか、などを把握するために、全ての医薬品候補は、試験動物を用いて副作用が発現するまで投与量を増やしてこれらを検討されるし、ヒトを対象とした臨床試験でも注意深く観察される。

かつては、これらの試験の実施はかなりずさんに行われており、オリジナルデータの故意又はミスによる紛失、データの恣意的な選択による、自社に不利益な結果の隠蔽などが行われ、その結果様々な弊害がでていた。

現在のGLP規則では、一旦GLP試験として開始された試験は、その結果がどれほど自社にとって不利益なものであっても消去することはできないし、その報告書の訂正には、訂正の根拠、最終判断者の明確化は当然のことながら、訂正前のものを適切に保管することは最低の義務とされている。それらの報告書は、科学的に適切な言葉で記述されると共に、審査官等に対して誤解を招かないように明確に記載している必要がある。試験計画書、報告書について、その計画の妥当性から始まり、結果の解釈、結論の妥当性、根拠などについて丁寧に推敲された後に最終責任者の承認で文書が確定する、という手順になる。

医薬品の製造に関しても同じ考え方で実施される。使用する器具/器機/タンクなどの洗浄の方法、前に使用されていた薬品の残留の程度の測定/使用の可否判断の方法から、製造の方法の詳細、出来上がった製品の品質評価まで、全て前もって定められた文書に従って行うこと義務付けられている。(余談にはなるが、人の作業には必ずミスが伴うことから、ミスが起きた際の処理の仕方は必ず文書化されている。絶対に間違うな!などという掛け声は、確かに無意味だと妙に納得した覚えがある)

信頼性の高い医薬品の製造には、これらの文書類が細心の注意を持って管理/遵守されている必要があるが、逆に、これらのレベルが維持できないようでは、まともな製造ができないと考えられているということかもしれない。

最後に

実験科学の分野では、理論を支える最終の根拠は実験から得られた事実であるのは言うまでもないことである。しかし、それらに価値を持たせるものは、結果をどう解釈し、研究分野のどこに位置づけ、今後どのように発展させていくべきかを的確な言葉で表現することであり、これらを行うことによって初めて研究は完結するものだと考える。

つたない文であったが、お付き合いいただいた読者の方に感謝すると共に、科学の分野での言葉の持つ重要性の一端を理解していただければ幸いである。

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中塚隆

中塚隆

理学博士 (株)川村インターナショナル スペシャリスト 東京大学化学科卒業。東京大学理学系大学院博士課程修了。(専門:有機合成化学) 大学院卒業後、大手食品会社の生物医学研究所に就職し、創薬を目的とした有機合成に携わる。 その後、免疫系をターゲットとした創薬研究のほか、FDA提出書類レビュー、GMPやGLP関連業務、マネジメント業務を担当した。 2015年に(株)川村インターナショナルスぺシャリストに就任。 医療/医薬分野の翻訳案件のレビューを担当するほか、社内の医薬翻訳関係者の人材育成にも力を入れている。なかでも毎週開催される勉強会は、文系出身のメンバーにも分かりやすいと評判の講義である。

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