【2023年最新版】ポストエディット導入の前に知っておきたい5つのポイント
本記事では、翻訳会社にポストエディットサービスを依頼する、あるいは、社内でポストエディットを行うことを検討されている方向けに、事前に知っておきたい5つのポイントをご紹介していきます。 その前に、まずは大前提として、「ポストエディット」の定義を確認しておきましょう。
「ポストエディット」(Post-Editing、直訳は「後編集」)とは、機械翻訳の出力結果を人が修正して、翻訳者が翻訳した場合の品質に近づける作業のことです。この修正作業を行う担当者は「ポストエディター」と呼ばれます。翻訳者に依頼するのはコストまたは納期の面で難しい、一方で機械翻訳にかけるだけでは品質が不安だという場合に、その中間の策としてポストエディットの導入が検討されます。
ポストエディットに関しては、こちらのブログでも様々な記事を公開しています。ぜひ、関連記事もご確認ください。
1.ポストエディターについて知る
前述のとおり、ポストエディターとは、ポストエディット作業を行う担当者のことです。現時点では、「ポストエディター」を専門職とされている方はまだ少なく、翻訳者の方にポストエディット作業の対応をお願いすることが多くなっています。
一方で、ポストエディットには翻訳とは異なるスキルセットが必要であるとも考えられています。具体的には、機械翻訳の特性を理解し、誤訳の生じやすいパターンをあらかじめ把握して、効率的に修正することが求められます。機械翻訳の出力結果が不適切であれば翻訳しなおすことになるため、求められる翻訳技術のレベルは翻訳者と変わりませんが、すべての出力結果を一様に訳しなおすのでは生産性の面で通常の翻訳とさほど変わらなくなってしまいます。
また、最近では「NMT」(ニューラル機械翻訳)と呼ばれる技術の導入により、機械翻訳の出力結果の流暢性が著しく向上したため、結果としてこれまでよりも誤訳に気づき難くなっているという一面もあります。そのため、機械翻訳の弱点を理解し、修正の必要な個所をすばやく精査して、ピンポイントで正しい訳文に修正できる力が求められます。
もうひとつ重要なのは、一般に、翻訳者の方にとってポストエディットが抵抗のある業務である可能性について理解することです。ポストエディットを行う目的は、機械翻訳を活用することでゼロから翻訳するよりも生産性を高め、一連の翻訳プロセスにかかるコストを低減することです。
しかしながら、翻訳者の方にとっては、機械翻訳の出力を多く目にすることで自身の訳文に悪影響が及ぶのではないかという不安を覚えることや、自身が最善と思う訳文よりも機械翻訳の出力結果を優先しなければならないとストレスを感じることもあるようです。(筆者は普段の業務の中で翻訳、チェック、ポストエディットを経験し、翻訳者の方の声も直接伺っているため、ある程度実務担当者の実感に即していると思います。) 期待される効果とは正反対に、機械翻訳の活用によって生産性がむしろ下がると考えている翻訳者の方もいらっしゃいます。
機械翻訳の品質が上がり、需要が高まる中で、ポストエディターはまだまだ不足しています。機械翻訳を活用することで生産性が向上するとはいっても、大幅な向上には一定のスキルが必要となるため、ポストエディットを引き受けるメリットを明示的に提示できるようにならないと、ポストエディター不足の状況はなかなか解消されないのではないかと考えられます。
案件を打診する段階で、ターゲットとする品質や、ポストエディットがどのような点で生産性向上につながるのかを説明し、効率的に作業するためにどのようなポイントを見てほしいのかを具体的に示すことなどは、ポストエディットに対するハードルを下げ、効率や質を上げるために有用ではないでしょうか。
翻訳業界は今、機械翻訳の波を受けて過渡期にあるため、ポストエディットを依頼する側が(もちろん翻訳会社も含めて)、依頼を受ける側に寄り添い、双方がポストエディットを前向きにとらえたうえで、協力して効果を上げるという観点が重要であると考えます。
2.機械翻訳の質を評価する
ポストエディットは機械翻訳の出力結果をポストエディターが修正することですから、出力結果の質が悪ければ、当然、ポストエディットにかかる負荷も大きくなります。負荷が大きければ、工数やコストが増えるだけでなく、ポストエディターの方も引き受けることに消極的になります。
そのため、事前に機械翻訳の品質をある程度把握しておくことは有用です。品質を評価することで、ポストエディットにかかる工数やコストもある程度まで予測することができます。ここでは、実際にポストエディットを実施して、その結果の数値を基に評価する方法をご紹介します。
評価目的でポストエディットを行う場合は、翻訳会社やプロの翻訳者の方に依頼するほか、社内で翻訳に対応できる方にお願いしてみてもよいでしょう。依頼に際しては、プロの翻訳者が翻訳したものと同等の品質レベルを目指してほしいと指示してください。
社内で対応する場合は、品質基準に関して共通の認識を持つことが難しい場合もあるかもしれませんが、「ただ読める」というレベルではなく、一般的な文章として遜色のない品質を目指してもらうようにします。実際の翻訳案件では、目的や用途に応じて求める品質水準は様々ですが、評価の段階では、一般の翻訳成果物として標準的な水準となるようにポストエディットを実施することをお勧めします。
ポストエディットが完了したら、その作業にかかった時間(h)を報告してもらってください。同じ文書を翻訳者がゼロから翻訳した場合にかかる時間を(H)とした場合に、(H)=T(p)×(h)の数式にあてはまるT(p)の値を求めます。この値が、生産性のアップ率になります。あくまでも目安ですが、このT(p)が1.7以上であればポストエディット可能であると考えることができ、また、当社の実績では、ポストエディターの方の反応も概ねポジティブなものとなっています※1。
なお、「翻訳者がゼロから翻訳した場合にかかる時間」について迷われる方もいらっしゃるかもしれません。翻訳会社や翻訳者の方にポストエディットを依頼する場合には、この時間についても問い合わせておくとよいでしょう。ご参考までに、当社では、英語から日本語へ翻訳する場合、1時間に200~250単語(1日を8時間と計算した場合に、1500~2000単語/日)程度の処理量を標準として想定していますが、文書の用途や難易度、専門性によっても変わるため、あくまでも目安としてお考え下さい。
※1 あくまで当社における参考値です。今後も継続的に検証してまいりますので、数値は変更される可能性があります。
3.国際標準を参考にする
「翻訳サービス(Translation services)」に関する要求事項を規定した国際標準規格ISO17100:2015が2015年5月に発行され、同年10月以降、日本においては日本規格協会によるTSP(Translation Service Provider) 認証が開始され、2023年4月3日時点で、53組織のTSPが、同協会による認証を取得しています※2。
※2日本規格協会ホームページより。
一方で、ポストエディットについては、同じく国際規格であるISO 18587の正式版(ISO 18587:2017)が、2017年4月にリリースされました。この規格では、ポストエディターに対する要件や、求められる品質、制作プロセスなどが定義されており、前述の翻訳規格ISO17100と比較することでポストディットの定義をより明確に把握できます。ポストエディットに関して国際標準が存在することの意義は非常に大きいため、ぜひ一度ご確認いただき、参考にしていただきたいと思います。
4.通常の翻訳サービスのプロセスと比較する
「ポストエディットの導入を検討するのに、なぜ翻訳サービスのプロセスを知る必要があるのだろう」とお考えになるかもしれませんが、ポストエディットはまだまだ新しい翻訳の手法でありサービスのため、これまで行われてきた「翻訳サービス」との違いを把握しておくことは、最終的に必要な品質の翻訳を得るために大きな意味があります。
機械翻訳エンジンの品質向上とそれに伴う需要の高まりによって、「ポストエディット」という言葉は以前よりも浸透してきましたが、従来の翻訳サービスとポストエディットのプロセスとの違いについては、広く認知されたとは言えない部分があります。「ポストエディット」という言葉が先に広まることで、かえってサービスを提供する側の認識とお客様側の理解に溝が生じているともいえるかもしれません。
特に、翻訳会社にご依頼いただく場合は、「翻訳会社に依頼するのだから、常に最高品質の訳文を受け取れるはず」と思われるお客様もいらっしゃいます。しかし、翻訳会社では、コストや納期も含めたお客様の様々なご要望に対応すべくプロセスや最終的な品質に幅を設けて複数のサービスを展開しており、ポストエディットサービスもその選択肢の1つとしてご提供しています。そのため、従来の翻訳サービスと何が違うのかを認識したうえで、ポストエディットという選択肢を選んでいただくことが重要です。翻訳会社側でも、事前にサービスの詳細や品質レベルについて説明はしますが、明確に理解していただくことはなかなか難しく、納品後に品質について議論になるといったケースも多いようです。
ポストエディットサービスで最終的に実現可能な品質に関しては、文書の内容や用途、納期も含めて様々な要素によって変わるためここでは詳述は控えますが、通常翻訳会社が行っている翻訳サービスのプロセスに関して簡単にご説明したいと思います。
まず、翻訳者の方には、翻訳後にセルフチェックを要求しています。その後、翻訳者とは別の校閲者が、原文と訳文を見比べながら誤訳・訳抜けなどがないかをチェックしています(チェックは、ISO17100に準拠する場合は必須の工程となります)。人は間違いを起こす可能性もありますから、別の人間の目で、正しく訳されているかを確認することで、リスクヘッジをしています。ポストエディットもまた人による作業のため、ポストエディットを実施する際にも、こうしたチェック作業を実施するのかどうかはあらかじめ明確にする必要があります。チェック作業が実施されることよって工数が増えるため、当然、コストも変わります。
ちなみに、第2項でご紹介した評価の式でT(p)=2.0となった場合、生産性が倍になるため費用は半分になると思いがちですが、チェック作業を実施するのであれば、費用は半分とまではいかず、20%~30%の低減にとどまってしまうでしょう。
5.ポストエディットガイドラインを作る
ポストエディットは、①使用する機械翻訳エンジンおよび投入するリソース(対訳データ・用語集など)と、②導入する目的およびその目的に応じたターゲット品質によって業務の内容が大きく変わるサービスです。
例えば①によっては、エラーや修正項目のパターンが変わります。機械翻訳エンジンにはそれぞれ固有の癖のようなものがあり、発生しやすい誤訳のパターンがあるため、それに合わせて修正項目を想定しておくと効率的です。また、用語集に準拠する必要がある場合は、用語について確認する内容を明確にする必要があります。
そして②によって、どこまで修正するかが決まります。明らかな誤訳や訳抜けのみを対象とするのか、表現の揺れは許容されるか、機械翻訳エンジンに投入されていない資料を参照する必要があるのかなど、最終的に必要な品質に応じて修正する項目は大きく変わってきます。
こういった点を明確にできれば、結果として「ポストエディットのガイドライン」が出来上がります。こうしたガイドラインがあればポストエディットをスムーズに導入でき、単価面での合意にもつながります。
また、ガイドラインは、最新の状況を反映した適切なものとなるように見直しを続けることが重要です。関係者からフィードバックを集め、継続して更新していくことができれば理想的です。
ポストエディットだけが選択肢ではない
最後に、繰り返しになりますが、ポストエディットはあくまでも1つの選択肢に過ぎないため、ポストエディットの導入を検討される際には、第4項でご説明した通常の翻訳プロセスなども参考にしていただきながら、ポストエディット以外の選択肢とも比較して目的に合っているかをご確認いただくことをお勧めします。
納期の大幅な短縮が目的ならば、機械翻訳を活用しなければ解決できないことも多いですが、品質を重視するならば、やはり機械翻訳の出力をポストエディットするよりもプロの翻訳者に翻訳そのものを依頼するのが確実です。
翻訳者に翻訳を依頼したうえでそれでもコストを低減したい場合は、第三者によるチェックの確認項目を減らしてチェックにかかるコストを抑えたり、チェック自体をなくしてしまったりすることも一つの手です。日ごろから依頼をしている翻訳者さんや翻訳会社があれば、工数削減のアイデアについて直接相談してみるのも良いでしょう。