翻訳された日本語が、どこか読みにくいと感じたことはないでしょうか。意味が間違っているわけではないし、訳し漏れもないし、専門用語も正しく使われている。なのに読みにくい!表現が不自然!こなれていない!
このような訳文は、なぜ生まれてしまうのでしょうか。どうすれば自然な日本語になるのでしょうか。本連載では、「なぜか読みにくい」訳文の正体を突き止めるとともに、不自然さを解消する手段を考えていきます。
「え?あの件はほら、あの人が担当するからさ、それより問題はこれなんだよねー」
人や物の名前がすぐに出てこない。会話に「あれ」「それ」などの言葉が増える。皆さんも身に覚えがないでしょうか?脳が疲れてくると起きる症状だそうで、最近は30代の人でも注意が必要と言われています。
脳の疲労のために訳文をうまく組み立てられず、不自然な表現になってしまう――そういうこともあるかもしれませんが、今回のテーマはちょっと違います。
では早速例文を見ていきましょう。Apple社のスマートフォン「iPhone」のレビュー記事です。
私も使っていた機種ですが、確かによく似ていました。
さて、この文の不自然な点は、もうお分かりかと思います。「これら」「それほど」という言葉が同居している点ですね。代名詞が多いと不自然な印象の文になってしまいます。
英語はthisやthatなどの代名詞を多く使う言語ですが、全部に「これ」や「あれ」という訳を当てていくと、こなれた日本語になりません。いわゆる「直訳調」を感じさせる要因の1つと言えます。日常会話で、名前が出てこなくて「あれ」とか「それ」と言ってしまうのは、具体的に何を指しているのか分かりにくいという問題ですが、上の例文はくどい感じがするのが問題です。
できれば、代名詞は1つの文で2回以上使いたくありません。省略できそうなものがないか探してみましょう。2文目の最初にあった「これらの~」はなくても伝わりそうです。
これで少しすっきりしたでしょうか?元の文の読みにくさは、「しつこい・くどい」感じから来ていて、それをさらに突き詰めていくと、「代名詞の多用」という正体に行き着きました。前回の記事のテーマと同様に、省けるものは省き、できるだけ簡潔な表現を意識することが、読みやすい訳文を作る上で重要だと思います(もちろん、必要なものまで消さないように注意が必要ですが)。
ちなみに、1文目の「不可能だ」を「見分けがつかない」に変えたのは、2文目を「~ということだ」にしたからです。「~だ。~だ。」のように、同じ文末が続くのも、冗長な感じがします。
今回の例文では代名詞を省略するという形を取りましたが、代名詞が指すものを具体的に書くとうまくいくケースもあると思います。
本連載の第1回の記事で、「使うだけで『翻訳調』になってしまう言葉」を1つご紹介しました。このような言葉は他にもたくさんあります。れっきとした日本語なのに、使う文脈によっては、いかにも「翻訳しました」という印象を与えてしまう言葉です。
言葉の使いどころが良くない例をもう1つ見てみましょう。
文法的に間違っているという印象は受けないかもしれませんが、意味がすんなりと頭に入ってきません。この違和感を生み出しているのは、「もたらす」だと思います。
辞書で「もたらす」を調べてみると、「持ってくる。持っていく」や、「ある状態を実現させる」といった意味がありました(出典:デジタル大辞泉)。
この例文で、何を「持ってくる」あるいは「実現させる」のかと言うと、「反応」ですね。反応を持ってくる。うーん、どういうことなのでしょう。個人的には、この「どういうことだろう?」と考える作業が、翻訳でとても大事だと感じています。
用語が反応を持ってくる。用語に反応を示すということ?→どのような反応?→不安、混乱→というふうに考えていき――
このような訳にしてみました。
英語の「bring」などの動詞は、「もたらす」と訳されることがよくあります。意味の範囲が広い言葉なので、そう訳しておけば「間違い」にはならないかもしれません。でも、実際の文脈では、意味範囲の広さ=曖昧さが災いして、英文が意図するところを正確に表現できない場合もあります。
bringという単語を見かけたら、機械的に「もたらす」と訳すのではなく、「この文脈でもたらすとは、つまり・・・」と考えるようにしています。「これってどういう意味なんだろう?」という疑問は、読み手の人には抱かせたくないものですね。